はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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外来治療にならなければ、今日は入院してました。
やっぱ、入院しないと心が元気だ~o(^-^)o

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最近、小児白血病の患者さんのブログを見た。
昔の自分と被って心にずしんときた。。。

小学校や中学校に通えないということ、再発で突然友達と離れてしまうこと、本当に辛いと思う。
けど、前を見据えて頑張って!って心から願う。

私は小学校4年の春に小児のALLになって、4年のころはほとんど学校にいけなかった。
5年になるとき、出席日数が足りないので留年するかという話になったけど、ムリムリ5年生にしてもらった。
今は院内学級とかどの病院にもあるのかな。
私のときはちゃんとしたものはなかったように思う。
患者友達で、治療で2学年くらい留年してる子は普通にいたけど、辛かったと思う。

5年、6年と入院治療が3ヶ月に1回あったので、休み休み学校に通って、体育はほとんど休んでいたから、病気前は並より少しよかった体育が苦手になった。
もともと負けず嫌いの性格だったのか、病院で勉強だけは頑張ってた。

最初の入院のときクラスメイトからたくさん手紙が届いた。
頑張ってね、というメールのなか、
「戻ってきたら勉強教えてあげるからね」
というものがたくさんあった。
その言葉がすごーくショックだったのを覚えてます。
入院して、確かに学校にはいけないけど、自分は何も変わってないはずなのに、学校にいってないってだけで、勉強教えてもらう自分になっちゃうの???って思って。
それで、そうなるのは悔しいと思って、病院のベッドで勉強してた。
今から思えば可愛くない子供(笑)

でもお陰で、留年することなく進学できた。

今から思えば、学校に通えず自宅療養しているときに、父が家庭教師をしてくれていた。

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小学校に復学後、親に運動するなと言われていたのを忘れて、児童館で友達と長縄跳びしたら縄でカツラが飛ぶという事件が発生した(笑)
そのときは児童館の先生もぶったまげたに違いない!
カツラが飛んで坊主になっちゃったのだから。。。
びっくりした先生に事務室につれてかれて、呼び出された母が迎えに来た。
それで、すっごい怒られた。
「運動するなって言ったでしょ!」
って。
私は、カツラがばれたことよりも、なんで縄跳びしちゃダメなの!って気持ちのほうが強くて、わんわん泣いてた。

その日は、児童館でオセロ大会というのがあって、それにでるために友達と遊びにいってたのだけど、大会後にみんなで長縄跳びやろうってノリになって、ついついはめをはずしちゃったのでした。

それを機に、私が何かしらヤバイ病気ってことが小学校に知れ渡ってしまった。。。
母からしたら、女の子が坊主ってことを隠してあげたかったに違いない・・・
でもやっぱり、私は、ふつーの子がふつーにやってる遊びを禁止されることのほうが、うけいれられなかった。

それでも小学校4年生では、一部の女の子が本当に坊主なのか確かめにさぐりを入れてくる程度で、いじめとかそういうのはなかった。
逆にみんな何かを感じ取ったのか超親切で、私はクラスの女ボスに守られてすごした(笑)

中学は、ちょっとたちが悪かった。私がガンだって噂も流れて、いろいろあったけど、でもまぁ運動神経が恐ろしく鈍い以外は普通だったので、それなりにすごせた。
くやしいから、勉強は頑張った。
ここでも、何故か不良っぽい子に守ってもらえた。

高校ではもう私の過去を知る者はいなかったので、このころからようやくフツーの女子高生として楽しい生活を送れた♪
自分でも、いろんなことを忘れていった。

大学入学後、エイズの非加熱製剤事件がおきた。
私がエイズ感染の可能性のある時期に輸血をされていたことを新聞で知って、家族で焦る!!
病院に問い合わせしたら、問題ないと思います、って言われたけど、でも怖かったので、念のためエイズ検査してもらった。
そしたら、大丈夫でホッとした。

小さいころに入院するってことで、失ったもの、得られなかったものは確かにたくさんあると思う。
けれど、得たものがあるのは事実だし、私が受けたくらいの治療では、頑張れば治ったあと何事もなかったかのように過ごせた。

精神的なトラウマとか、そういうのは残っているのかもしれないけど・・・。



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今も頑張ってるこどもがいるんだよね。

元気になったときのことを考えて、夢をあきらめないでほしい!

治療以外にも頑張れること、頑張って欲しい。

病気だからって理由で、最初から何かをあきらめないでほしい。


病院でできることはいっぱいあるんだよ。
こどもなら病棟で同世代の友達はできやすいし、勉強したり本読んだりできるから、運動場は走れないけど、学校と大してかわらないことができる。
今はパソコンも携帯もあるし。

子供のころって抗がん剤が普通の薬と何が違うのか、がんって何なのか、言葉は知っててもいまいちピンとこなくって。
逆にそれがよかったんだと思う。
自分で自分の能力を制限しないから。

こども病院時代の友達で、悪性リンパでもうダメだと言われたのに奇跡的に治った子がいる。彼女は今普通に福祉の仕事についてる。
もうひとりの友達は大学進学後、看護師になってる。
みんながみんな、障害もなく元気になって仕事に就けているわけではないけど。

でも、そういう普通に過ごしている元小児がん患者もたくさんいるんだよね。

だから、今病気と闘っているこどもには、夢を持って治療を乗り越えてほしいなって思う。

411-tokyo-tower.jpg
運動はできないかもしれないけど・・・学校に通えなくても、勉強はできる、友達は作れる。

やろうと思って物理的にできないことって、たいていの場合、そんなにたくさんないんじゃないかって思う。

もしあったとしても、2つめ、3つめ…何か一つはできることがあるはずで、それはきっと、その人にしかできない大切な何かなんじゃないかな。

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【2007/12/19 20:56】 | [初発]
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こんばんは☆
ちゃこ
うみねこさんは、小さい頃から治療にがんばってたのですね。「勉強を教えてあげる!」って言われるの、私もおそらく、あんまりいい気分はしないかな~。
幼いだけにいろいろ知識はないけど、自分の可能性を制限することはないって所、納得です!
今、私は現状に満足してしまっていて、何か大きなことはもう無理かなって臆病になってしまっているところがあります。
自分自身の可能性を信じなくてはね!気づかせてくれてありがとうございました。


いなここ
こんばんは。
書き込むのお久しぶりです。コメントもらっているのに、失礼してましたm(__)m
小さいころの経験、、お辛かったでしょうね。。。それを乗り越えて、今も元気に過ごされているうみねこさん、ステキですe-420
私もほんっといろいろ諦めてません!!
東京タワー綺麗ですね。ちょっと人恋しくて、イルミネーションなどに背を向けちゃいたいようにやさぐれてしまうこの頃ですけど、やっぱりきれい。
まだまだこれから!!あきらめません!


rider
変態友の会、受付完了です♪
今では↑こんな会に入ってしまうほど、心も元気になってるんだもんね。
乗り越えたら絶対にいいコトあると思う!
 
白血病は見た目に分かりにくい分、苦労も多いと思うけどさ。幸せになろうね!


☆ちゃこさん
うみねこ
ちゃこさん、ブログ見てると、病気になる前のようにいろいろ活動されてますよねっ!
私も、一年後は今のちゃこさんを目標に、もっと笑っていられるよう、頑張りますo(^-^)o
素敵な出会いも探しつつ~

☆いなここさん
うみねこ
いなここさん、ひとりで屋久島って相当スゴイですよ~いなここさんなら、あきらめることもなさそう☆
きれいなイルミネーションは、私もせつなくなっちゃう。。。でもきれいだよねー。

☆riderさん
うみねこ
審査通ってうれしいです(笑)
ネコバカの患者さんの多いことに、びっくり!です♪

ありがとうございます。
この前のオフ会でも、みんながん患者さんだったとは絶対思えない!
幸せいっぱい感じていきたいですv-22


awagon
突然、しかも、過去の記事にコメントですみません。この記事は、心打たれました。いつか娘に読ませたい・・・。また、子供時代の続き・・・書いてほしいな~。

awagonさん
うみねこ
はじめまして!コメントどうもありがとうございます。
過去の記事へのコメ・・・全然問題ナシですよ。自分でも忘れていた内容で、改めて読み返して、今の自分は頑張っていないなーとちょっと反省しました 笑

娘さんがいらっしゃるんですね。ふふ・・・読ませたいってなんだか恥ずかしいです。

子供時代の続き、また機会があったら書きますね。結構暗くなっちゃうんですけどねー。

また遊びに来てくださいね☆

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初発の時の話。

私は、小学校4年の春、GW前くらいから身体の調子が悪かった。
新学期が始まって、新しい先生と友達にも慣れて、
毎日が楽しかった。
でも、GW明けには微熱が続いて、だるくて動けなくなった。
学校休んでずっと寝てました。

近所の病院に行ったら、市民病院に紹介されて、
入院しました。
この頃の記憶はほとんどありません。
ほぼ1ヶ月、検査だらけ。
私の身体は弱る一方。
先生も首をかしげるだけで、何の治療もなかったそうです。

その後、ようやくこども病院に紹介され、
即日診断&入院&輸血&治療開始!!
先生に
「あと1週間遅かったら…」
って言われたそうです。

最初の入院は2ヶ月間でした。
1ヶ月は、クリーンルーム。
今のようにコンパクトで快適なものではなかったです。
部屋からは一歩もでれないし、
部屋にはトイレもお風呂もテレビもありません。
トイレはポータブル。
テレビが見れるのは夜の2時間だけと決まっていて、
その中でも数台しかないテレビを取り合うので、
見れるのは半時間くらい。

1人で寂しくて、本当につらかったです。
その頃、週数回の面会日に親に宛てて書いてた手紙を
後で見てびっくり。
精神的におかしくなってました(´・ω・`;)

トイレはポータブルだったけど、
子供だからか、今に比べて辛くなかったですけどね。
1ヶ月お風呂に入れないのも、そこまで辛くなかったし。
看護師さんに身体拭いてもらうのも恥ずかしくなかったし。
髪がなくなったときも、
退院するまではそれほどショックではなかったです。
多分まだ、女心みたいなものがあまりなかったんですね~
看護師さんも全員、すごいお姉さんだから気を使うこともないし。
この点では、本当にラクでした。

1ヶ月後、別フロアに引越し。
4人部屋でした!
こども同士なので、すぐに友達ができて、
この頃は結構楽しかったです。

プレドニンを飲んでいたことは覚えてますが、
他の薬については全く分かりません。
…が、グラン(白血球を上げる注射)もなく、
無菌室も充実してない時代だったので、
今と違って、骨髄抑制期に感染症で命を落とすリスクも高く、
かなり弱い治療しかできなかったみたいです。

ただ、5日間の連続髄注と、頭への放射線をやったのですが、
このときばかりは最後のほうになると辛くて、
放射線治療の病院へ向かう車の後部座席で、
まるくなってうめいてました。
歩けなくて、車椅子使ってました。

放射線をあてると、身体や脳の成長に影響が出る場合があるらしく、今ではローリスク(予後がいいといわれる)の子供にはやらないそうです。
私はローリスクだったそうですが、
その時代では、行うのが標準だったみたいです。


研修医の先生が点滴、マルクや髄注が下手くそで、
それも2人いたうちの1人は、今でも覚えているI先生。
もう1人のM先生はすごく優しくて、普段も遊んでくれたけど、
I先生は失敗したときの態度が全然申し訳なさそうじゃなくて、
おまけに普段の態度も冷たかった。

すごく嫌いだったので、最後には処置の下手さ加減に私は切れていた。
「I先生、下手だからやだ!」
って、泣いて騒いで処置室から逃げ出した(笑)

私の研修医に対する、根拠のない不安はここからきてます^^;

今の時代からすれば、かなり驚きの治療を受けてきたんでしょうね。
再発した今、現代の治療を受けていて、そう思います。

亡くなった子は大勢いる…
そしてその中をくぐり抜けてきた私。

今の現実は現実として受け止めて、
その先に希望を見出していきたいと思ってます(*゚ー゚*)

【2007/09/07 21:23】 | [初発]
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rider
続き楽しみにしていましたよ(≧▽≦)
 
そのとき、ちゃんと発見されていたから、今こうして知り合うことができたんだもんね。
感謝。
 
子供って強いね。
だけど楽しみが少ないって言うのは何とかしてあげたいな。


☆riderさん
うみねこ
わ!ありがとうございますv-22

私が入院してた病院、調べたら今は面会時間も緩和されてました。。。時代の変化???今はゲームも携帯もありますしね!

あの時治療して、今また病気になって、いろいろあったけど、こうやってriderさんに知り合えたのも、ほんとに奇跡みたいなものですよね。やっぱり、生きててよかった…e-266

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昔、こども病院に入院していたときに、
すごくお世話になった看護師さんと、
最近メールのやりとりをしてます。

3年位前まで、年賀状のやり取りはあったのですが、
その後途絶えてました。
去年再発したときに、
あんな素敵な看護師さんが今もいたらなー
ってこども病院の看護師さんを思い出したものです。
採血も点滴も、今より絶対難しかったはずなのに、上手だったし、
ナースコール押したらすぐ来てくれたし、
いつも笑顔でやさしかったし。

久しぶりに手紙を書いてみたら、すぐ返事が来ました☆(*^ワ^*)

20年経っても覚えていてもらえるなんて。
それに、病気になった嘘偽りない本当のワタシを知っている人。
家族でもないのに、
子供のとき、辛いこと苦しいこと
その後高校、大学、就職…全部知っている人。

本当に嬉しくて

いつも、時間があるときは私の髪をとかして、
編みこみとか、ポニーテールとかにしてくれました。
折り紙一緒に折ったこともあった!
いつも笑顔で面白い話をしてくれて、
楽しかったです♪

あの頃、少年隊が好きで、ヒガシのカレンダー欲しい!!
って入院中に何人かの子でおねだりしたら、
プレゼントしてくれました♪
今思えば、あんな高いもの、それも数人で、
かなりアツカマシイですね。。

機会を見つけて、徳島まで会いに行きます。

心の整理がしたくって、
ちょっと過去の思い出話。


こども病院は感染を防ぐ目的もあって、
規則がすごく厳しくて、面会時間もすごく短い。
他の子供もいるので、元気な子には特別待遇というのはない。
食事の持込も完全禁止。
だからすごくストレスたまるけど、
ご飯は美味しかったし、おやつもありました。
こどもの中でも、新生児、乳児、幼児、児童…ってな感じに
フロアが分かれていたので、
病棟にいる子同士は歳も近くて仲良くなりました。

ラジオ・TVのチューニングとか、
(今と違ってテレビも携帯もなかったので…ファミコンが発売されて数年ですからねぇ)
折り紙とか、
かなりの腕前です!

チューニングはともかく、
折り紙は何かに役立つんじゃないかと思うけど、
微妙。。。

今はもういろいろ変わってしまっているんだろうなぁ。
病院の構造とか、経験したこととか、すごくよく覚えています。
懐かしい!!
どこかに元こども病院入院患者、いないかな~
いたら同窓会したい!!

いろんな病気の子がいたけど、あの時代にこども病院に入る子は大抵、
普通の病院では治療できないような難病の子が多いので、
みんなそれぞれ悩みを抱えていて、夜は悩みを語り合った!
遠い県から来ている子も多くて、地元の話でも盛り上がった。

治らない病気の子が、治る病気の子をいじめるってこともあった…
盲腸の子が緊急入院してきたときは、
みんないじめてました。。。羨ましいから。
こどもは素直←??
私もいじめたよ…!

私がいじわるされたときもあった。
再生不良性貧血で、糖尿病になって移植もできなくて、
もう治療できないといわれてるYちゃんに何度も泣かされた。
治らないって告知されたときに、病院の非常口から外にでて
飛び降りようとしたって、本人から聞いた。
集団で無視されたり、治療室から注射針を盗んでくるよう言われたり、
いろいろあった。
あのときはいじめられて辛かったけど、
機嫌がいいときはすごく優しくしてくれた。
特に血液内科の子にはお姉さんとしていろいろ教えてくれた。

Yちゃんが亡くなったって外来で聞いたとき、
次回の入院でいじめられないんだ!って真っ先にほっとして、
それから、なんて性格悪いんだろう、って思った。

いじめられるのは嫌だったけど、どこかで元気にしていてほしかった。

好きな彼や、学校の話をしてくれた。
叶わないけど、好きなんだっていってた。
学校に行きたいっていってた。
腕はインシュリンの注射の跡で黒くなっていて、痛そうだった。

私はまだ小学生で、恋愛もよく分からず、
自分の病気の本当のところも知らず、
治るって言われて能天気に治療してたから、
病院から出られないYちゃんの苦しみをよく分かってなかった。

今から思えばいじめたくなった気持ちはすごくよく分かる。
こどもの心が、耐え切れるような悩みじゃないよね。

あの経験のお陰で、
復学後も、大抵の嫌がらせには対応できるオトナになりましたよ!

転んでもただで起きない。
やられたら倍にしてやりかえす???あれ…?

続きは次回♪
って誰も期待してないか(笑)



【2007/09/04 20:15】 | [初発]
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いなここ
こんにちは。
こども病院・・・。去年の入院中で絶食中だったときに、こども病院で同じく絶食中の子供ちゃんに折り紙で作った「たこ焼き」もらいました。
嬉しかったし、同時にすっごいセツナかったです。。いろんな思いがあるのだろうなって感じます。
「転んでもただで起きない」に私も大賛成i-184

☆いなここさん
うみねこ
そんなことがあったんですね。。たこ焼き、って。関西ならではっぽい。もしかして私がいたこども病院かも!

お互いちょっと転んじゃったかもしれないけど、両手につかめるだけつかんで、立ち上がりましょうね~!


黒コギ
こんにちは!
こども病院のことは全然知らなかったので、
いじめがあるってことにショックを受けました。
でも、仕方がないことかもしれないですよね。。。。
うみねこさんのブログは、
読んでいてたくさん考えさせられる
素敵なブログだと思います!
看護師さんとお会いできるといいですね!!

☆黒コギさん
うみねこ
いじめ、普通にありましたよ~
学校と違って、24時間一緒なので、逃げ場がないんですよね^^;
でも逆に、今でも連絡取り合うくらい、親しくもなりました。

素敵なブログって言ってくださって、ありがとう!!
黒コギさんの言葉も、いつも素敵だなと思って読ませていただいてます♪


ローク
おひさしぶりです(^-^)
僕もこども病院の事は知らなくて…
なんだか色々考えさせられちゃいました。
しかし素敵な看護士さんですね~
いつかお会いできるといいですね♪

☆ロークさん
うみねこ
こんにちは!
ロークさん、ブログ見れなくて、ちょっと心配してました!お元気ですか?

素敵な看護師さんですよ♪昔と変わらず、カワイイ女子高生みたいな字でカードが届いたりしますv-22


ローク
元気になってますよ~(^-^)
ブログもまた気分を一新して新しいページ作ろうかな、と思っています♪
また出来ましたらご連絡しますねヽ(´ー`)ノ
看護士さんと本当お会いできるといいですよね(^-^)


ローク
元気にやってますよ~、です汗
なってますよ~って…すいません(つд`;)

☆ロークさん
うみねこ
ふふ。。。元気でよかった!
ブログ新しく作るんですねっ。
連絡まってまーすv-22

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