はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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暑くなってきましたね。
家にいる二匹の猫は、パリポリパリポリとよく餌を食べて、
水を飲んで、よく寝て起きては元気に遊んでます(笑)。

三毛?サビ色のまりあちゃんは、今年の11月で11歳になります。
私と過ごしたのは再発までの3年くらいかな。
そのあと私が入院して働けるようになるまでは、ずっと実家で面倒を見てもらっていました。
再び一緒に住めるようになったのが去年の秋で、7年くらいは実家にいたのかな?
わが子を遠くに預けていて、自分では育てることすらできないふがいない現状に対して
嫌悪感を抱いたこともあった。

そして今、ようやく、一緒に過ごせています。

何があってもこの子達を守りたいし、
この時間をもっと大事にしたいなと思うよー。

しょうくん(グレーの子)は昨年秋に突然うちにやってきた。
私と誕生日が同じだという縁でね。
運命の出会いだった。

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お子さんを育てていらっしゃる人からみたら、責任感?というのかな。
そんなものは比べ物にならないほど違うと思うけど、
それでもこの子達は私の生きがいで、幸せにしたいんだな。

この子がいるから、生きていく理由ができているのだ。
それってとてもシアワセだと思う。

人よりかなり遠回りしているな?と思うときもあるけどね。

まぁでも、身近な人と比較したらダメだよね。
先に向こうで暮らしている人と比較するのも、何か違うと思う。

もちろん、私は決して忘れないし、彼らに恥じない生き方をしたいとふんばっている(笑)
自分の絶対的な物差しをしっかと持って、それで幸せを測って生きていかねば。


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【2013/07/05 03:38】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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はじめまして(^▽^)
大西良空
戸田梨恵さん、はじめまして(^^)
私は、山梨県北杜市にある法徳寺というお寺の住職をしている大西良空(りょうくう)と申します。
Facebookで戸田さんの事が紹介されていたので、もっと詳しく知りたいと思い検索していたところ、こちらのブログにたどり着きました。
実はほんの二か月ほど前にも、坂中明子さんという、医療事故によって、全身麻痺の後遺症を負われたお方の事をFacebookで知り、その生きざまに感銘を受けたばかりです。
戸田さんの精神的、肉体的苦しみは私などには想像も出来ませんが、最後の最後まで諦めずに生きようと決心された事に、ただただ感服しました。
僧侶として私に出来る事は、陰ながら戸田さんのお救いをお祈りする事くらいしかありませんが、微力ながら、これからもお祈りさせて頂きたいと思います。

コメントの中で、人よりかなり遠回りしていると思う事があると書いておられますが……。
実は私も僧侶になったのが、29歳の時で、それまでは信仰とはまったく無縁の世界に生きていました。
勿論お寺の息子ではありませんし、御先祖様にも出家した人は一人もいません。
当時、自分では随分遠回りしてきたように思っていましたが、その遠回りがなければ、いまの自分はありませんでした。
親しい友人が三人いますが、遠回りした私が、いまは一番幸せになっているんです(笑)
人生って、本当に分りませんよね。
遠回りして、無駄な時間を費やしたと思っていても、全然無駄じゃなかったんです。
すべての事に意味があり、すべてが今の私を育ててくれていたんです。

いま戸田さんは経過観察中との事ですが、これから先の事は誰にも分りません。
未来図は全く白紙です。
その白紙に、戸田さんがどんな人生模様を描かれるかは私にも分りませんが、確かな事が一つあります。
それは、いままでどんな人生を歩んで来られたかが、未来図を描く絵筆の先にすべて現れてくるという事です。
今まで辿ってきた人生以上の未来図は、誰にも描けません。
正直なものですね。
平々凡々の人生を歩んできた人には、平々凡々の未来図しか描けません。
誰も経験した事のない辛く苦しい人生を歩んできた人には、その苦しい人生から得た様々な体験が、絵筆の先ににじみ出てきます。
偉大な芸術家や音楽家と言われる人々で、楽な人生を歩んだ人は一人もいないのが、その証拠です。
ダビンチにしても、ベートーベンにしても、大変な苦労を強いられる中で懸命に生き、その中から、輝かしい作品が生み出されてきたのです。
戸田さんの絵筆からも、きっと素晴らしい未来図が描き出されると確信しています。
長文になってしまいました。お許し下さい(^^;)

☆大西良空さま
ニナ
はじめまして。facebookで紹介ですか?自分でも知りませんでした。
一番幸せとおっしゃれることが、大西様がなにより幸せであることを表していますね。

はい、素晴らしい未来図を描いていくつもりでいます。
応援してくださって、本当にありがとうございます!!

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しばらく…どころか、随分と更新が滞っておりました。
ブログの管理画面も開いておらず(フォームから来るメールは届くのですが、コメントは見ておらず)、
心配してくださったみなさま、本当に申し訳ありません。
そして、ありがとうございます。

9月半ばから、いろいろ悩みが増え、
その問題を解決すべく悪戦苦闘していました。
10月半ばから後半にかけて、解決策が見えてきて、
なんとか乗り切ろうと自分なりに頑張ってた。
結構大変でした。

身体はとっても元気です。
医師からは一時期、環境を変えなければ心がもたなくなるよ…と言われていたのですが、
今の環境はとてもよくなり、精神的にも大丈夫。
仕事にも恵まれて、緊張感がありつつも、日々充実しています。

1週間ほど前、がんセンターの外来でした。
次は来年1月下旬なので、今年最後の外来です。
特に血液データに問題もなく、
先生から「頑張っているね!」と応援されていい形で終わりました。

次回の外来で、骨密度の検査、肺機能の検査、肺のレントゲンをとることになりました。
定期的な観察です。
骨密度は前回…1年少し前のデータがそんなによくなかったので、
多少注意はしなきゃいけないみたいですけど。
あんまり深く考えないことにしてます。

それから、放射線や抗がん剤を使っているから、
他の人よりは二次性のがんになる確率が高いということで、
長期フォローを受けたほうがいいと、看護師さんとの面談を勧められました。
任意なので、受けるかどうかは決めていません。
がん検診は必要なのかも知れないとは思うけれど、
看護師さんとの面談は、今はあまり私には必要ないので。

長期フォローという意味では、
移植後から職場復帰までの辛いときに、
そういったフォローがあればよかったなと思います。

本当に心が辛くて、誰に相談していいかも分からず、
誰に相談するべきかすら考えられなかった時期があったので。

今は、雑誌のライターとして、記者としてフリーでお仕事につくことができました。
客観的には、それなりに不規則かつハードなんでしょうね。
私がこの仕事を始めるときに、何人かからアドバイスされたのが、
体力的に大丈夫かな?ということ。
twitterとかで私の行動を見ている人は、不規則だねぇって言うし。
でも、今のところはそんなに無理するほどハードじゃないし、
今が楽しいし、充実してる。

確かに、あまりに極端な食生活とか、
自分を省みない生活というのは、身体にいいわけないと思う。
がんの中には、そういうのが多少影響して、
出てくるものもあるかもしれないと思う。

でも、白血病は関係ないと思っているし、
それに、既に放射線や抗がん剤をやって「人より」がんになりやすい訳だから、
今更些細なことは気にしないということですね。

気にして失うものの方が多いから、気にしない。
多分、気にしろといわれても、
気にしないのが私の性格なんだろうなぁって思います。

「ワタシはこれだけ辛い思いをしたんだから!」と人の同情を引く気はないけれど、
でも、確かに人より多少は大変な思いをしたんだから、
幸せになってやるんだという気持ちは強くある。
そして、「大変だったんだから、もっと幸せになって、頑張って」と
私のことを応援してくれる人がいる。

出会った時期や話した時間は関係ない。
長く付き合っても、理解しあうことが難しい人はどうしたっているし、
短くても大事な部分で分かり合える人はいる。
分かり合えていたと思っても、修復不可能な場合だってあるでしょう。

今になって思うのが、自分自身病んでいたり、マイナスオーラを出したりしていると、
周囲にはいい影響を与えない人が集まりやすいってこと。
マイナスを利用してやろうって人とか、裏のある人とか。
後になって振り返ればそんな実感があったし、人からも指摘されたので、
ひとつ学習したなと思います。
とはいえ、どうしても病んでしまうときはあると思うので、
そういうときは気をつけたほうがいいということ。

これから楽しく過ごしていきたいです。

【2012/11/14 21:20】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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お久しぶりです。
ふんわり
元気そうで何よりです。この半年位に、二人知り合いがなくなり、白血病ではないけど、わかったときは手後れでした。
わたしは退院後、なぜか(最速コース)と先生が言うほど早く、薬等が進み前回から免疫抑制剤もなくなりました。
木曜は三週間ぶりの受診日です。
マルクもずるそうで、ヒヤヒヤものです。採血でも結果がでる
までいつもドキドキなのにね。
移植して半年です。



R
ふとしたことからこちらにたどり着きました。
本当に何年ぶりでしょう。
15年近いかな?
覚えていないかもしれないけれど、随分お世話になったし、親しくもさせてもらいました。

理恵ちゃんのこと何も知らず、今ショックやら感動やら気持ちの整理が何もつかず、コメントも迷いました。

当時は病気のことをちょっとは聞いたつもりになっていたけど、まさか・・・気がついていませんでした。

今、何をどうできるのか自分でも分かりませんが、あなたの生き方に勇気をもらい、遠くからですが応援させてもらいたいです。

私も熱く生きていきます!

☆Rさま
ニナ
ありがとうございます。すみません、Rさんでどなたか分からないのですが、よかったらメールフォームで連絡ください。


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先日、1か月ぶりの通院に行ってきました。

採血は、上手い技師さんに久しぶりに出会って、
腕から1回で採ってくださった。

そのあと、肺のCTを撮る。

いつもの先生は急用でいらっしゃらなかったので、
入院していたときに一緒に主治医をしてくださっていた先生に診察していただいた。

とても真面目で親切な先生なのです。

急用だから、患者さんは時間をずらしてきてほしいと、みんなに連絡がいっていたのだけれど、
私だけすっとぼけて外来に行ったので、がらーんとした待合室。
ひとりだけ診ていただきました。

そのためか、いつもの忙しい外来の雰囲気ではなかった。
初めて、私の輪切りにした肺のCTを見せていただいた。
治療経験は長いけれど、何枚も比較して動画のように見せていただいたのははじめて。

肺炎の時と、その日に撮影したもの。

ここが心臓で、ここが背骨です…と説明してくださった。
先生がPCでチコチコってクリックすると、
肺の輪切り画像が、上から順に切り替わっていく。

そして、肺の部分、見事に真っ白だったのが、消えていた。
本当に真っ白だったのね、1月は。
それからわかった。
私って寸胴だってこと。
輪切りにされたとき、どちらが上で下かわからないくらいだった^^;

免疫グロブリンも前回からそれなりに高い数値にあがってきている。
標準値に近いんです。
3年たってようやくここまできたって感じです。

何か聞いておきたいことありますか?って二回もきいてくださって、
私は無茶苦茶感動してしまいました。

免疫ってあがってくるものですね。
本当にうれしいです。
3年もかかったけど、今になって振り返れば、もう3年もたったんだ…
という感じです。

もうすぐ桜の時期。
楽しみです。

☆拍手コメントから質問いただいている方が数名いらっしゃるのですが、
アドレスなどわからないので、お返事できずにいます。
これを読んでいらっしゃったら、
右のフォームから、もしくは非公開コメントでメアドを入れて連絡ください。

【2012/03/13 22:52】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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良かった
北海道のうさとも
検査の結果が良くて、ホッ、としました。本当に良かった。  月日が経つのは本当に早いですよね。若い時は早く大人になりあれもしたい、これもしたいと、時間を追ってたので時間が経つのが遅く感じていましたが、年齢を重ねていくと逆に時間に追われ時間が経つのが早く感じますね、時間のスピードは同じなのに不思議な感じですね、その時その時の感じ方ひとつで自由にスピードを変えられる人間って実に面白い生き物ですね。  とにかく今日は良い報告が見れて嬉しく思いました。それと、いつもコメントを返してくれてありがとうございます。本当にうれしく思います。これからも、ずっとずっと繋がっていきたいのでお互い体に気をつけて頑張っていきましょうね。

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退院して自分のベッドで寝る幸せー。

そして、入院していると
「あれが食べたいこれが食べたい。
 あれがしたいこれがしたい」
と強くなる欲望も、退院すると一旦はすーっと岸辺の波のようにひいていきそうになる。
不思議なものだよね、本当に。

しかし、完全にひいていっては困るので、
「あれしたい、これしたい」はきちんと現実にすべく、
デッサンを描いていくことも大切だなと思う。

私は、小学校の時、こども病院の無菌室で
「母が鍋で作ってくれる卵入りチキンラーメン、青ネギ多めのせ」
を食べたくて食べたくて仕方がなかったんです。
毎日、ベッドの上で、あの手作りラーメンが食べたいなぁ。と涙を浮かべながら寝てました。
相当食べたかったんでしょうね。。

そのあと、今から思えば味覚障害で、
かなりの間、ソースとかお肉が苦手になり、
多くのものを食べられなくなってしまうんですけれどね。

そして今でも入院すると、
大好きな焼肉食べたいーとか思うのだけれど、それだけじゃ足りなくて、
チキンラーメンが食べたくなるんですよね。
今はカップにお湯を注ぐタイプのチキンラーメンがあるけれど、
やっぱり脳裏に焼き付いているのは、
実家の青いどんぶりに入った、少し煮込んだ卵入りチキンラーメン、
上に小ネギが散らしてあるものなんですよね。
これも、不思議な事象。


某がんセンターに入院して、他に比べてすばらしいと思ったことがあるんです。

長期入院で既に病院を3つ、いや、小児をいれると4つ経験している私は、
ついなんだかんだと比較してしまうので、
がんセンターが全てにおいて最高だとは思わないけれど。

些細なことだけれど、驚いたマイナス点をあげると、

・わずかとはいえ、「一等地代」たるものが加算されている謎
(じゃあ一等地に建てなきゃいいではないかと思うのだけれども)

かな。


いい点はやっぱり、病棟外来含めて、「がん患者さん」しかいないことだ。
これはかなり精神的負担を軽減するよ。

「あなた髪がないけど、どうしたの?」

なんていう失礼極まりない、後ろから蹴りを入れてやりたいような奴はまずいない。

ある病院で、お知り合いになった女性から聞いた、
私が運よく出くわさなかった、
「ベッドが空いていないから、婦人科に入れられた。
 抗がん剤で苦しい中、赤ちゃんの泣き声が漏れ聞こえて辛くて仕方がなかった」
という大問題も発生しない。

今回はそんな中に、肺炎の私が紛れ込んでしまったわけだけれど、
ハプロ移植をした患者ということで
その辺の病院に入院するのはできないので、仕方がないよね…。

そして一番感動したのは、病棟の食事が美味しくて栄養士さんが充実していること。

味噌汁を「どうせまた、水みたいな味なのだろうな…」
と飲んでみたらしっかり出しのきいた家庭の味がする。
味が濃いのだ。

病院ではなかなかお目にかかることのないお肉も、1日1回は目にする。
豚肉や鶏肉メインだけれど、それすら他の病院ではないよね。
また味つけがしっかりしている。

私の舌がおかしいのかと、試しに母に一口味見してもらった。
(本当はいけないのだけれど、
 私がまずいまずいという病院の食事を、母は全ての病院で味見をしている^^)

すると、

「むちゃくちゃ味が濃い。塩辛いくらい」

と濃い味付けを好む母が言う。

やっぱりそうだよね。おかしいよね。


そう思って看護師さんに聞いてみた。

「味が濃くないですか?」

すると、感動する答えが返ってきた。

「国が定めた基準より、塩を多めに使っているんです」

がん患者さんは味覚障害をはじめ、食事をとれない状態であることが多いから、
味付けをしっかりして、食べてもらうようにしているそうだ。

「全てを完食する患者さんもまずいないですから」

とのこと。

確かに、3食すべてを完食する方はなかなかいらっしゃらないだろうと思う。
相手は「がん患者」さんだから、
とにもかくにも、口から物を入れてもらうことが優先なんだろうなと思う。

生野菜もきちんと処理をしたものが出てくる。
デザートにはメロンが頻繁に出てくる。

抗がん剤治療中や移植後って、味が分からなくなって、
インスタントラーメンでやっと味が分かるくらいだったのだけれど、
この食事なら食べられるものも多いと思う。

フルーツもメロンなら食べやすいと思う。

そしてご飯をちょっと多めに残すと、すぐに栄養士さんが来てくださる。

「ご飯が食べられなかったら、白いご飯がない食事もあるんです」

そうおっしゃって、
たこ焼き、パスタ、お好み焼き、コーンフレーク…
などの食事メニューを見せてくださった。

朝食をあまり食べない私が、朝ごはんにほとんど手を付けていないと
「白いご飯ではなくてパン食にしますか?」
と、なんと早速入院翌日に、
病室まで天使のような栄養士さん(男性だけれども)が来てくださった。

この辺りは、本当に、
がん患者さんにスポットをあてたサポート体制のすばらしいところだと思って感動しちゃいました。



☆誤解を招かないように書いておくと、
がんセンターがベストとかベターとか思わないし、言わないです。念のため。


【2012/01/21 22:56】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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明日の退院がきまりました。

入院当初は1週間で退院できる可能性は低いようだったのですが、
ちょうど1週間で退院。
運がよかったです。

ご心配して下さったみなさま、本当にありがとうございます。

エールというのは、
目に見えないけれど強力な支えであり、
生きるパワーになるよ。

信じてくれる友達、
応援してくださる方たちに出会えて、幸せだ。
だから、何か傷つくことがあったとしても、
自分をしっかりもって生きていく。
自分を好きになる。
これは目標。


退院して無理しないでね…でもしちゃうよねー。

こんな言葉もがん友からいただいたのだけど、
まるで阿吽の呼吸だな。
わかっているのだよね、お互い(*^^*)


今回の肺炎は、「お年寄りがなる肺炎」だろうということです。
燕下する筋力が衰えているお年寄りが、
唾液を上手く飲み込めなくて、
肺に入ってしまい、
唾液に通常存在している菌から肺炎になったのではないかとのこと。
普通若いひとはならないけど、
戸田さんは睡眠薬をかなりの量服用しているから、
睡眠時に深く眠りすぎて飲み込めなくて肺に入ってしまったのと、
疲れや免疫が重なったのではないか
と教えていただきました。
若い人でも強いお薬で眠るひとのなかには、
まれにそういう人がいらっしゃるみたい。

私は、再再発後に鬱になってしまったけれど、
でも、ホルモン補充で更年期うつの対処をしていただき、
働きだしてからは、
精神腫瘍科も精神科も卒業し、
睡眠薬は減っていました。

肺炎前には睡眠薬はほぼ飲んでいなかったので、
その旨を先生に伝えると、
うーん。そうですか。
でもやはり、人より免疫が低いからかなぁ…という感じでした。
といっても、今は薬も全く飲んでいないし、
免疫もそれなりにあるんですけどね。
結局、普通の肺炎だったということ?みたい。

お年寄りみたいに燕下する力が衰えているのなら、
少し怖いですね。
まだ早いよ(*^^*)

いつの日か、免疫も完全に元に戻ってほしいなあ。

とりあえず、生活を安定させて、
これまで以上に眠剤を減らしにかかりますー




【2012/01/19 22:39】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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退院決定おめでとうございます
ひろ
肺炎で入院されてたんですね。

ブログみて、びっくりしました(;_;)

退院決まったみたいで、本当によかったです。


☆ひろさま
ニナ
コメントいただいてすごく嬉しいです。
ありがとうございますo(^o^)o
少しずつ、身体を慣らせていくつもりです♪

退院おめでとうございます
マサマサ
以前、コメントしたマサマサです。ハプロ移植がおわり退院して今は外来です。免疫グロブリンなど点滴生活してます(笑)肺炎よくなってなによりです。退院まで早かったですよね、ほんと通常の免疫にもどってほしいですよね、退院本当におめでとう~

☆マサマサさん
ニナ
お久しぶりです!マサマサさん!!
外来になってよかったです。
ありがとうございます~
お互い、のんびりと免疫UP目指しましょー

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