はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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今年も一年間走り切りましたっ!

移植後は「生ガキを食べられることは一生ない」と言われていたけれど、
今年も、オイスターバーで生ガキをたくさん食べ、
忘年会ではしゃぶしゃぶ食べ放題でお肉をこれでもかっ。というくらい平らげ、
そして年末を無事に迎えることができました。


DSC_0440.jpg


今年は、悲しいこと辛いこともたくさんあったけれども、
新たな出会いがたくさんあり、そして新しいことを始め、
また、多くの方々に支えていただいていることを実感した年でした。

山あり谷ありって、こういうことをいうのかなぁと思えた年でした。

あのころは、谷しかないのかと沈んでいた自分がいました。
谷底から、空を見上げていた。

そう見えていただけなのかもしれないけれど、
少なくとも私の気持ちはそういう場所にあった。

この崖を這い登れるのだろうかと、
いつか振り返って、笑える日が本当にくるのかと、
そう。来るのだよと言われても信じられないときもあった。

けれど、今は少し笑っていられています。

私が笑えるようになったからといって、あなたもいつかきっとそんな日がくるだなんて、
そんな責任のないことはなかなか言えないけれど、
その日その日を乗り切るために、心の中のわずかな灯を消すことなく
とりあえず、理由なくとも、ただ明日を信じてみることには意味があるんじゃないかなぁと思ったりします。

泣きたい時は泣いて、そして、後ろを向くだけ向いて、
そのあとは、信じてみてほしいです。
自分自身のことを。

今、病室で過ごしている人たち、そのご家族の方たち、
そして、なんというか…年末だという気分になれない状況の人たちもいらっしゃると思いますが、
お互い、今年一年乗り切ったことに拍手!
そして、来年はまた心機一転、心のカレンダーに新たな印をひとつずつ、
記していきたいと思います。

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【2011/12/31 23:48】 | [日々のこと]
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今日はクリスマス!

昨夜は、私が移植直前にお世話になった教会のミサに参加してきました。
3年前、自分でもう長くはないなと感じたときから、
いざというときのことを考えてお葬式をお願いしていた教会です。

思い立って、「私が死んだらお葬式をお願いします」と突然電話しました。
何のことやら…と、電話口の事務の人は驚いていたように思います。
しばらくして、神父さんが電話口にでました。

「落ち着いて、動けますか?まずは来てください」

最初は、まだ、余命告知を受ける前でした。
けれども、なんとなく治療が上手くいっていないので、
長くはないだろうと思っていました。

「まだ、先生からダメだといわれたわけではないんですよね?
だったら、自分を信じて。まだお葬式は引き受けられません。
でも、もしものことが起きたならば、それは大丈夫、
そこは安心してください」

そうおっしゃいました。

(そんな気休めいったって、もうダメなのよ)

そう思っていました。

そのあと、余命告知を受けた後、具体的にお葬式の段取りを決めました。

普段は泣き顔を見せない、母が泣いていました。


そのお葬式は、結局行われませんでした。幸運なことに。

その神父さんは、今年、秋に旅だってしまいました。

ご自分もガンで具合が悪いのを最後の最後までかくして。
私の治療に比べたら、全然辛くないのだとおっしゃって笑っていました。
お葬式の順序が、逆転してしまいました。

私がもしいつか、だれか素敵な人と結婚することになったならば、
その神父さんに挙式をしてもらおうって、それが一つの夢でした。

私が、病院ですら傷ついて居場所がなくて、駆け込んだ場所があの教会。

そこで知り合った、お菓子教室をやっている母に近い歳のおばさまに、
生チョコのプレゼントをいただきました。

最近、少し感謝の気持ちを忘れていたように思います。

少なくとも明日があるということが、当たり前のようになってきた。
それはそれで、良いことなんだと思う。

でも、大切に思う人、よくしてくれた人のことは、忘れちゃいけないよね。

今でも支えられているんだ。

簡単に見えないからこそ、ありきたりの言葉がないからこそ、支えてくれているって感じる。

大好き。感謝。

今年は、本当に多くの出会いがあった。
新たなチャレンジがあった。

旧知の友でも、
「頑張ってるね!私も頑張らなきゃと思う」
と言われる。

私の頑張りは、全て、人に支えられてできているものなんだ。

心を決めたのも、何かをしようとしているのも、
私自身なんだけど、
一人でできることなんて大してない。

辛いこと、苦しいことも今年はいっぱいあった。

そんなとき、出会い…そう、出会いに出会いが積み重なって、
見守ってくれる人、助けてくれる人、応援してくれる人がいて、
こうやって乗り切れている。

ひとりきりじゃ、こうはいかない。

私が頑張ろうとしたとき、頑張れるように支えてくれた人、
私が落ち込んで泣いて飲んで酷かったとき、そばにいてくれた人、
どんなときも、私を信じると言ってくれた人、
行くところがどこもなかったら、いつでも来ていいよといってくれた人、
そう…そんな関係があるから、立ち止まりつつも、後ろを向きつつも、歩いてこれた。

今これを読んでくださっている、今、この瞬間があることは、
病気をしている人たちだけに関わらず、
健康などんな人にだって、偶然に偶然が重なった結果なんじゃないかなぁと思います。

ひとりきりだと思ったことは何度でもあったけれど、
それでも、やっぱり私は幸運なことにひとりきりじゃなかった。
人は、一人で産まれて一人で死んでいくといっても、
それでも、人と人とのかかわり合いがあれば、
結局一人では死んで行けないんだなぁと思った。

本当にひとりきりだと思うときは、
本当の本当にひとりきりになってしまった場合は、
心の中にもう一人の自分を持って、自分を大切にしてください。

自分のことを完全にわかるのは自分自身。
あなたでしかない。
だから、自分だけは自分を大切に、愛してあげてほしい。

私は自分を愛せない時間がおおかったから、
もっと自分を愛せていたら、少しは楽に過ごせたんじゃないのかなぁと思う。

自分には甘く、人には厳しく!

心ある人たちへの感謝の心さえ忘れなければ、
こんな感じで生きてしまえーと思ったりするんです。

ささやかでもいい、短くてもいい、
心の平穏と精一杯の幸せが訪れますよう。

メリークリスマス☆


【2011/12/25 18:58】 | [日々のこと]
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随分と前に訪れた、赤坂のビールBAR。

ごめんなさい。名前記憶にない。

ピアノの上手いマスターにベルギービール。何百種類は確実に。
メニューなんてあってないようなお店だ。

色や好みを伝えてマスターに選んでいただくのが一番。

そして、気を付けるべきは、アルコール度数。
10%越えのビールが存在するのです。
飲んだ感じ、ビールなので、ボトルの裏面を見ていないと、後できます。
そして日本酒と違って、二日酔いにー。

9月、10年ぶりくらいに終電乗り過ごして朝まで新橋にいたんだけど、
またやっちゃうかと思いました。

マスターはお塩にも拘りがあって集めているらしく、
たくさんあるコレクションの中から、
マルセイユ
クリスマス島
チベット、ネパール側
のお塩をいただきました。
クリスマス島は赤道に近いから、海水がすぐに塩になるそうだ。
逆に時間をかけて干して作るチベットの塩とは特徴が異なるらしい。
確かに、味の違いは私にでも分かる。


おつまみにいい!

薄いピンク色をした、チベットの塩が好みでした。

チベットで思い出したのは、先日、車谷さんのライブにいったときに、
グッズに書いてあった言葉。

The world is a book,
and those who do not travel,
read only one page.

なんのこっちゃ?
と思ったら、アウグスティヌスの名言らしい。
世界は一冊の本であって、旅をしない人達は一ページしか知ることができない。
だって。

この旅ってのは、歩いていく旅だけじゃないんだなかろうかとも思う。
*勝手に私が思いたいだけだけれど。
旅をすれば、違う景色を見て、普段は触れない人々に触れ、
新しい何かを得られるように、
心に世界をもってすれば、日常でも多くのことを知ることができるんじゃないかなぁ。
逆にそうあってほしいなぁ。
って、ありきたりだけど、そう願うんです。

で、一方で、ネパールいってみたいですけどね。

先日。12月18日、母の誕生日でもあり、
私の1回目の骨髄移植日であるこの日を無事に迎えることができました。
母が歳を重ねることを娘として見ることができるということが、
当たり前のようでいて、
その当たり前は偶然に偶然が重なって起きる幸運であることを実感します。

移植日は第二の誕生日だねと言われます。
うん、でも私にとっては、
私を産んでくれた、そして生まれた日がなければ、二回目も三回目もなかった、
やっぱり断トツ一番は一度目の誕生日です。


【2011/12/19 23:39】 | [日々のこと]
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先日、患者さんのパートナーさんにお会いしてきました。

患者さんご本人にどう接していいか、治療方針の事など、いろいろ悩みを話し合いました。


このblogで連絡くださる方の半分が、実は、患者さんのご家族など親しい方々。


私は、患者本人であるし、
また、人それぞれ、闘病におけるサポートやストレス含めた環境や、
生きる希望も違う、何より病状が異なる。

そのような中でお話して、

何か会ってよかったと思えるようなものをお伝えすることができるのかな。
かえってマイナスにならないかな。

そう思ってもいました。
けれど、今回お会いしたことで、私にも役立つことはできるのかもしれないと、
その悩みは少しふっきれました。


患者本人には本人の辛さがあって、
ご家族にはご家族の辛さがある。

代わりたくても代われない、大切な人が病気になったら..。

私は闘病時、自分のことで精一杯で、
家族に八つ当たりしたことが多々ありました。

なんだかんだいっても、本当のところは分かってないんじゃないか。

そう思ったこともあるし、言葉にしてしまいました。
確かに、周囲の者は私本人じゃないのだから、
本当のところがわからないというのは、事実だと思います。

でも一方で、看病する側には看病する側の辛さがあって、
それは私には本当のところは分かりません。
想像することしかできない。

そしてその看病する側の辛さまで、あのころの私は思いが及びませんでした。
自分のことでいっぱいいっぱいで、
考えが及ばなかったことで傷つけた人もいるでしょう。

今となってあの時を思い返し、私の思いの至らなさを後悔し、
謝罪して感謝する時がやってきました。

あのときは、ありがとう。そしてごめんね。

と今になって初めて言えること。



この病気になって、ご自分で情報収集して、
病院選択や治療方法の選択をできる人は少ないと思います。

閉じ込められた病院のベッドの上で、
忍び寄る絶望に押しつぶされそうになりながらも、
自分の足は使えないから、病棟で話をきくか、
本やインターネットで検索するしかない。

そのインターネットも、
自分で検索できる人は少ないんじゃないかなと想像します。
提示される治療方針の過酷さや生存率の低さに、
治療する気もおこらずに、落ち込んでいる人も多くいらっしゃると聞くことがあります。

あとは、家族や医師、周囲の人からの情報がすべて。

私は、小児で経験していたから、衝撃を受けながらも
当初の治療の過酷さについてはそれなりに受け入れられたのかもしれない。
それでも、ジタバタしていました。

そんなとき、やはり、周囲の方々の力が大きいと思うんです。
私も、結局移植に踏み切れたのは、最期には人の力でした。
大切な友達、家族の言葉、
それがなければ、乗り越えられなかったように思います。

当時は、やる気のない私に対する励ましを、
鬱陶しいとすら思ったこともありました。
けれど、今になって思えば、その励ましや後押しというのは、
「勇気ある言葉」だったんだと思います。

頑張っている人に、簡単に頑張ってと言えないように、
既に頑張っている人にどう接していいのかわからず、
距離をおいてしまうことがある。

そんなとき、でもその人が折れて逃げ出してしまいそうなとき、
心の中に踏み込んででも
「踏ん張って。今もうちょっと我慢しないと。」
ということが、
どれだけ勇気ある言葉であり、勇気ある行為か。

親や子供ですら勇気がいるその言葉を、
友達や周囲の人がいってくれることが、どれだけありがたいか。

今になって当時を振りかえるとき、心からそう思います。

私が今できることは、患者さんや患者さんご家族の悩み相談を聞くこと。
医師とは違う視点で、何かしらアドバイスをできるのであればしたいと思っています。

私がしてきたことや私の考えは100%正しいとは言えないと思う。
けれど、ひとつの道を歩いてきた者として、何か道標になることがあればお伝えします。

そうして、いつしか、私と患者さんやご家族同士のつながりから、
個々人レベルだけでは収束されない新たな力・モノが生まれれば、
さらに患者さんのためになる「何か」ができるんじゃないかなとも思っています。

情報の少ない、また、治療に急を要する急性白血病患者が迷うことが少しでも減るような、
患者のつながりができたらいいなと思っています。
*今のところは抽象的ですが。。。

このブログや世間にある白血病に関する情報は患者さんだけではない、
患者さんの周囲の人にも読んで触れていただきたいものです。
患者さんはもちろんのこと、患者さんを支えている方々も、お気軽に連絡ください。
こんな小さな悩みを相談してもいいのだろうか?などと躊躇しないでくださいね。
小さいか大きいかなんて人それぞれ。
そして、私に対しては「患者さんにこんな質問はだめかな?」などど気を使わないでくださいね。

すぐにレスできないこともあるかもしれませんが、
そして、たいしたことはできないかもしれませんが、
患者さん応援団長としてきちんとお返事させていただきます。

社会復帰とか、うつだとか、そういう悩みも遠慮しないでください。

そしてどんな方法ででも力を蓄えて、手に槍を持って、現実と向き合っていってほしいですo(^-^)o
私もそうありたいと思っています。




【2011/12/11 20:43】 | [白血病に関する情報]
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お久しぶりです。
Noa
何度も読み返してしまいました。
この病気に限らず闘病している人がそばにいたら、周りの人も同じように心を痛めているんですものね。

私ごとなんですが、アメブロが使いにくくなってしまったので使いやすいと評判のFC2に引っ越しました。
新しいURL貼っておきます~^^

と、言いつつも更新はカメのようなペースですが・・・(^^;

また遊びにきます~~^^


お久しぶりです♪
awagon
歩いてきた道だからわかることってありますよね。それは、けしてその立場にはなれないけど、思い遣れる想像力も与えてくれたのだろうと。
舞台後の(いえ、その前からの)うみねこさんのパワフルな活動、いち応援団としてうれしく思います。
冬も本番です。風邪などひかぬよう…お体お気をつけて。

☆noaさん
ニナ
Noaさん、こんにちは!!
FC2にかえられたんですね☆
カメカメペースでも続けてると、日記のようになっていきますよね。
Noaさん、お元気そうでよかった。
私もまた遊びにいきますねっ。

☆awagonさん
ニナ
こんにちは。
心温まるコメント、本当にありがとうございます。
風邪、ひいちゃいまひたけど、以前よりは免疫がUPしている気がします!
想像して行動するということ、大事ですよね☆

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急性リンパ性白血病の再発後の維持化学療法中、
その彼と、一度だけ六本木ヒルズに映画を観に行ったことがある。
まだ再々発する前のことだ。

まだ体調も思わしくない貧血の中、彼の自転車の荷台にのって、けやき坂を風をきって上った。

そして、ヒルズから見下ろした夜景。
普段は意識しないような光景。
しばらくぶりに、東京の景色を改めてゆっくりと見た。
そこには、私が病気になってこれだけ心や外見が変わっていても、
何も変わらない東京タワーと夜景があった。

どれだけ揺れても、揺さぶられても、私はきっとまた、ここに戻ってくるだろうとそう確信した。


そんな貴重な彼は、夢を叶えて東京を去ってしまった。

大学院時代、自分の能力のなさに落ち込む私に、アッサリと彼は言った。

「気持ちは分かるよ。
 でも、できることは、前へ進むことしかないんだよね」

・・・ハイ。
おっしゃる通りです。

そうなんだよね。
立ち止まらずに前進すること。

それは、誰だって頭の片隅では分かっていることだと思う。
人にだってそうアドバイスするだろう。
けれど、いざ自分の問題となったときに、それを実践することは恐ろしく難しい。

きっとここにまた戻ってくる・・・その決意の後、つらいことがたくさんあって、
私はくじけかけた。いや、くじけてしまった。



水戸黄門の有名な歌がありますよね。

「後から来たのに追い越され~泣く間があるなら、さぁ歩け~♪」

置いていかれるーって泣いている間に、もっと追い抜かれてしまうのです。
つまり、距離を縮めるには、カメカメでも、のろのろなでも、のろまなカメでも、歩くしかないのだ。
童話のウサギとカメのように。

突然に振ってきた現実に、思わず立ち止まってしまうこともあるだろう。
それは、とても自然なこと。
人ならば、当たり前のこと。

でも、深呼吸したら、ゆっくりでも歩いて行こう。
そうすれば、届かなくとも、少しでも距離は近くなるはずなのだ。

そして、どれだけ揺さぶられても、いつか戻ってくる。この場所へ。
自分の芯をしっかりと持つことの大切さ。
へらへらと笑って立っていることの強さ。

いつだって上を向いて歩く必要なんてないのではないかと、私は思っている。

というのも、私は下を向いて過ごすことが多いから。

本当につらい時、涙がこぼれないように空を見上げてみる。
それでも重力に涙が耐え切れなくて、目じりからどうしても涙がこぼれるとき・・・
そんなときは、うつむいて過ごす日々も多かった。

どれだけ泣いても、泣いても、枯れないくらいの涙。
そしていつしか、涙は流れることすらなく、記憶のない日々。

けれど、ときどき、上を向くことを思い出せばいいんじゃないのかな、と今は思う。

今だからそんな風に思えるのかもしれない。
けれど、今、あの時の私に出会えるならば、そう言ってそっと抱きしめてあげたい。

そして、生きていく上でどうしようもない現実に翻弄されようとも、
その現実は受け入れて、その中で、そして自分にできることをやっていきたい。

柳に強風がふきつける。揺れまくる。
傾いて戻れなくなりそうなときもある。

けれど、きっと戻れる。

それは、もといた場所と全く同じではないかもしれない。
だが、芯にあるものは変わらずにいられると思う。

その姿は、きっと凛としていて美しい。

辛いとき、悲しいとき、生きていくひとつの知恵として、
柳のようなしなやかさを身につけていたい。

そしていつか、柳…いや、コンニャクに花を咲かせよう。


それが、今の想い。



【2011/12/01 23:43】 | [言の葉]言の葉
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