はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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先日、川崎大師で厄払い。
厄年ではないです。
全ては書けないけれども、
騒音問題に巻き込まれ住民・大家とももろもろあって引越を考えるはめになり、
肺炎になり、自宅の窓ガラスにヒビが入る…
立て続けにこれだけあったら、
さすがの私も「なにかいるんじゃないかしら」なんて思ってしまった。

実家が曹洞宗なのに、クリスチャンと名乗り、真言宗のお寺でお祓いしてもらっているあたりが、
もう無茶苦茶のような気もするのだけれど。
それでも、ひとつの行事だからね。

勝手に、私の今年の新年は1月23日(旧暦)に設定しました。

というわけで、ようやくお正月気分が抜ける頃。


無茶苦茶で思い出したのだけれど、
川崎大師って厄年を満で数えるんです。

妹の厄払いをしようとした母が、厄年表を見ると、まだ厄年じゃない。
あれ?ってよく見ると数え年で書かれていないんです。
窓口の方に聞いたら、奥から別の方が出てきて
「西と東で違うんですよ」
と言われました。
じゃあ関東と関西で厄年は1年ずれるのか?

疑問に思いつつ、
(まぁでも、関西に住んでいるんだから関西流でいいじゃないか)
ということで厄払いをしてもらいました。

そして、後日知人にその話をすると、
「それって川崎大師だけ違うんだよ」
とのこと。
ネットで調べてみると、確かにそうみたい。

厄年厄年とほとんどの日本人が気にしていると思うのだけれど、
うちのお寺では1年違いますって、なんだか、適当すぎて面白い。


今年の目標は、「1年間生き切るぞ」


生きること、ってやっぱり難しいです。

病気になる前は、難しいと思ったことはあまりなかったかな。
悩みはあったけれど、解決しようと方策を練ったし、
難しいとか考える暇もなく、時間が過ぎていった。

小児白血病になったあと、生と死を考えることは多かったけれども、
まだまだパワーがあったので、がむしゃらになって乗り越えていた。

ネガティブなことをあまり書きたくはないけれど、
大人になって再発してから、
完全には、いままでの生活には戻れていないわけです。

通院が理由でも休めば会社ではいい顔されないですし、
風邪にしろ肺炎にしろ、「自己責任・自己管理が足りてない」
という評価になりますからね。

じゃあ今回の肺炎を防ぎようがあったのかといえば、
いまいち理由もよく分かっていなくて、うがい手洗いくらい。
眠剤を飲んでいるからかもしれないと言われていますが、
それも、必要がないわけじゃないんですよね。

かといって、
「私は白血病で骨髄移植をしたから、仕方ないんだ」
と職場でふれて回るというのは、
自らで可能性を制限してしまうことになりうるのだよね。

通院費だって、馬鹿にはならないんです。

治療を受けることができたというだけで、
私は相当恵まれているのだと思う。
高額医療の適用があっても「ある程度の収入」が必要。
外来と通院と別ですからね。薬も別。
本当にお金がなければ、5万以上も月に医療費払えるわけないでしょ。
働けないから、生活費も必要だし。
私は両親に負担してもらっていますが、
両親がいなかったら、とっくに支払不能でどこかへいっちゃってます。
払えない、治療を受けられない、というのは、非現実な世界ではない。

権利を主張して申請してもらえる制度と、
主張しなくても国民であれば当然に給付/免除される制度という違いは大きい。

制度の存在さえ知らない人、バックされるまでの一時的な負担すらできない人、制度の隙間から漏れる人。
そんな人達って少なくないと思います。

そんな中、消費税UPのニュースを聞いていると腹立たしくなってくる。
私がたまたま耳にしたニュース。

単一税率をとる政府の理由として、たとえ話をすると、
低所得の人は、10個100円の卵を買うと10円減免。
高所得の人は、10個400円の卵を買うので、40円減免。
高所得の人は、40円減免されるわけですから、
必ずしも生活必需品には課税しないというのが公平ではないわけです。

こんな暇つぶしにもならないくだらない屁理屈に、
フムフムという視聴者や国民がどれだけいると思っているだろうか。

頑張って稼いでる人から取ってやればいい的発想を突き詰めることは、
よろしくないとは思うけど、
最低限の生活を必死で守っている人のことを考えないのなら、
福祉国家として終わっているな。

中途半端に課税して、その使途はどこへやら。
課税分の社会保障が充実しないこの国は、
ほんと、終わっているように思う。


くだらないこと、いろいろ悩むから、眠剤を時には飲みたくなる。

つまりは、負のスパイラルなんです。

弱い甘いと言われればそれまでだけれども、
世の中強い人間ばかりじゃないよ。
そして、私は甘いかもしれない人間だ。


1年間生き切ったときに、渋谷で美味しいポルトガルワインを飲む。

それが目標♪


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【2012/01/31 23:58】 | [白血病に関する情報]
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「大人になっても何も変わらないんだ。」

強くまっすぐに自分を信じたあの頃があった。

自分自身は何も変わっていないつもりでも、何かしらが変わってしまった。
私も、周囲も。
良くも悪くも。

何度も諦めた朝を迎えているのに、
それでも毎日諦めようとしては、
諦めきれずにいるのが自分自身だ。

そして人生は予想だにしない方向へ向かってしまっている。
自分が修正をしないだけかもしれない。
けれど、軌道修正はなかなか困難だ。
全ては徒労に終わるかもしれない。
そもそも、軌道修正なんてしなくてもいいのかもしれない、
生き方は変えていくものだから。


世間にもまれ、見なくていいものを見て、
目を背けてはいけないものから目を背けて、妥協し、
そうやって、藻屑のように生きてきたんだなと思う。


きっとそういうものなんだ。


でも、原風景は変わらない。
原風景って変わらないから原風景っていうんだろうけど、
その”原風景”ってヤツが、最近よくその辺に現われる。

目をそっと閉じてみると見える場所。
あのとき、信じた自分がそこに立っている。

人の気持ちや考え方が変わらずにいるということは不可能に近いと思うのだけれど、
変わることのない風景というのものが確かにあって、
その根本をしっかり持ち続けるということが大切なのだと改めて思った。

どれだけ海の荒波に流されても、必ずどこかの岸辺にたどり着くのです。

今更だけれども、そう思う。

たどり着くのは、きっと、地球上で生きることが終わるとき。
その場所が、昔見た場所。
その時まで、泳ぎ続ける。




【2012/01/29 20:59】 | [日々のこと]
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私が補充しているホルモンパッチについて記事にします。

入院していたタイミングでホルモン剤(シール)が切れてしまった。
そしてなんだか、肺炎とは別に体調が悪かった。

婦人科の先生からは、辛いでしょう。薬がなくなる前にくるのよ。
といつも言われているのだけど、
またもや、なくなってしまう前に通院できなかった…

私の身体は全くホルモンが分泌されないので、
少しでも補充しないと日常的に不便なことになる。
していてもなかなか体調が上手くいかないときがある。

更年期症状は個人差があるけれど…
*私たちの場合は年齢とともに自然にホルモン分泌が減るのではなく、
バサッと全く分泌されなくなってしまうから、正確には違うのだろうけれども

私の場合はホットフラッシュ…これは、突然暑くて暑くてたまらなくなり、酷いときには滝のように汗がでて止まらなくなる。
例えば、暑いところから、クーラーの効いた室内に。
また、寒いところから、電車の車内に入ったときに、汗が滝のように流れて髪の毛がびしょびしょにぬれてしまったり、暑くて服を脱ぐと今度は急に寒くなったりする。

また、うつになってしまったのも、ホルモンが一因ではないかと婦人科の先生に指摘されました。
更年期うつというやつですね。

それから、子宮と膣が収縮して、膣が乾燥しまっていました。

あと、将来の危険性としては、骨粗しょう症とか。

私が先生から教えていただいたことを、今思いつくまま挙げてみました。

私が使用しているのは、飲み薬ではなくて貼り薬です。
エストラーナというのが、卵胞ホルモン(エストロゲン)を補充するための薬です。
メノエイドコンビパッチというのが、卵胞ホルモンと黄体ホルモンの両方を補充する薬です。
メノエイドコンビパッチは、冷暗所保存です。

20120126_001815.jpg


20120126_001717.jpg

この二つを合わせて、月経周期にもっていきます。
これを、1.5週間に3枚ずつ張り替えます。

少し複雑なのですが、覚えると簡単。

たとえば、月・金・月とエストラーナを卵巣or子宮のあたりに貼ります。
そのあと、その週の金曜日から、金・月・金とメノエイドを貼ります。
そうすると、最後の金曜日の週末くらいから、数日間出血が起きます。
気持ち的に、私は生理と呼んでいます。
翌週一週間はシールはお休みで、その間に出血は止まります。
これでトータル4週間になりますよね。
そしてまた次の月曜から新たな周期が始まります。

飲み薬と貼り薬のどちらがいいかをはじめに聞かれたのですが、
貼り薬のほうが肝臓への副作用が少ないということと、
飲み忘れが少ないということで、
私は貼り薬を選びました。
面倒くさがりの人には、貼り薬は本当に楽です。
温泉に行っても、普通は隠す場所なので大丈夫です。
エストラーナは、肌色の直径3センチくらいの円形サイズの絆創膏のテープみたいなもの。
メノエイドは、色が透明というだけで同サイズのテープ。
見えても、余程近づかない限り目立ちません。
誰も、近づきませんから!

頻度としては、2カ月に1度通院しています。
診察とお薬合わせて、約2000円です。

鬱は少し補充を忘れたくらいでは、自覚症状はないけれど、ホットフラッシュはすぐに現れる…。
膣の収縮に関しては、補充前よりはよくなったけれど、それでも大切な人とセックスというのは、困難で相手の理解が必要だろうと思います。
分泌物が足りないので、どうしても課題があるよね。
これは、なかなか、若い人だと伝えることは難しいけれど、理解してもらわないといけないことだと思います。
理解がしてもらえることで、大切な関係を築けるのだと思う。

補充はしていますが、それでも血液検査すると、健康な女性に比べると足りていないホルモン量なのです。

その数値を見ると女として悲しくなりますが、この身体を大事にしていこうと思います。

白血病患者さんで、今はどうなのかわかりませんが、
数年前は、私の歳ですらホルモン補充を先生からはすぐには勧められませんでした。
*病院によるとは思いますが

40代後半などある程度の年令の方は、抗がん剤で生理が止まってしまい、そのままという方もいました。

婦人科系の病気だと、ホルモン補充を先生から提案してくださるように思いますが、
白血病患者さんにも、横の連携をとって、婦人科受診を提案してくださるといいなと思います。
私の母が子宮筋腫になりましたが、母の年齢ですら手術後ホルモン剤を飲んでいます。
そのくらい必要なものだということですよね。

若い人に限らず、婦人科のアフターケアがあればいいですね。


【2012/01/25 23:53】 | [再々発]ホルモン補充療法
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特別養子縁組は、なかなか厳しい制度で、申立てにより審判が行われ、
実際に子供を迎えるまでに高いハードルがあるようです。
独身ではだめだし、収入や年齢制限もあるし、法律上結婚している必要もある。
まぁ親のいない子供の安全と利益を図ることが制度趣旨なのだから、当然といえば当然ですね。

*でも私は、趣旨目的のために、法律婚を必要条件とすることには疑問を感じている。
法律婚でなくても、目的達成は可能だと思うのです。

不妊治療、養子、いずれにせよ、パートナーや家族の理解が必要だろう。

今まで、

「もろもろについて理解あるパートナーなんてそう簡単にいるもんかっ。
 理解がないパートナーなら最初からいないほうがいいっていうけれど、
 大きな問題がなければそもそも「もろもろの深い理解」なんて必要でないし、
 パートナーを見つけやすいのだよ。」

なんて世をすねたようなことを、テンションが低いときには口にしていた私ですが、
数えきれないほどの夜明けを漫然と迎えた末にようやく、

「”理解ある”パートナーに出会えることができれば、
 ありのままの私を受け入れてくれるだろうし、
 ”理解ない”パートナーであれば、
 健康だって、いずれ山あり谷ありの人生、
 結局は最後までは寄り添えないのではないか」

と感じるようになりました。
これを頭ではなく心で分かるまでにどれだけかかったんだ、時間が!!


さて、オハナシがそれたけれども、


代理母制度には基本的に賛成なのです、私は。

でも賛否両論あるこの制度について、意見を書くことは控えます。

ただ、この制度が、日本で認められる認められないにかかわらず、
もっと不妊治療をとりまく医療問題について議論を活発にすべきだと思う。

日本では公にはどこも治療してくれないけれど、
州によるがアメリカでは第三者による代理出産や卵子提供が合法であること。
人の力を借りて子供を産むのは、親のエゴといった一言で片付けられる問題ではないこと。

そしてアメリカで不妊治療を受けて、日本で産めば古臭い民法が適用されて、
出産したらそれをみとどけた医師がいるから出産した人が母親だ…なんていう、
本来の予定されているルートを通らない、
方法をとりうる人だけが、回り道に回り道を重ねて母親になれるというのは、
なんだか間違っているように思う。

その手段を選択する人が間違っているとは思いません。
「そういう不思議ルートの存在」が間違っていると思うのです。

私も、出産の基盤や、生まれてくる子供の健康の不安さえ払拭されれば、
あわよくば、そのカチカチの法律を利用して、
「実子」を設けたいと思うので、
野田さんの先例を拝見してふむふむ、希望があるのだなと思うのです。

そして、DNA上、「実の子」であるのに「実子」になれない
向井亜紀さんのお子さんに複雑な思いを抱く。

やっぱり、この結果の違いが腑に落ちないんですよね。

そして、
国内で保険適用の下、臓器移植したくてもできなくて、
海外で移植を受けようとした人たちがいたことや、
闇医者やコーディネーターが存在することは本来あるべき姿ではないのと同様に、
卵子提供や代理母についても、
国内で「認められた方法」として誰でも受けられる、
完結する道が開けないだろうかと思うのです。

もちろん、倫理問題をはらんでいるので、
一朝一夕にはいかないだろう。
けれど、どちらの意見に転ぶにしても、
出産率が低下する一方で、多くの不妊女性が悩むこのご時世、
お偉い方々が高級公務員宿舎から顔を出してきて、
国民に問いかけつつ、
少なくとも議論をしつくす必要があるのではないだろうか。




【2012/01/23 21:10】 | [副作用&悩み]不妊、脱毛..
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☆非コメさん
ニナ
確かに、日本では本当にそうですよね。。。

移植したも者が出産できるか…
はっきりと医師から聞いたことはないです。
今度の婦人科で、先生に聞いてみて記事にします!
私は、卵子が死んでいるが子宮自体はのこっているので、理論的には可能だと思っていました。

私も、自分にそんな素敵なパートナーが現れる自信なんて、あまりないんです。
でも、やっぱり信じてみないと始まるものも始まらないかな、と思うときがあり、
ときには、気持ちが下がるときもあります。
何もかもにネガティブだった数年前よりは、明らかに前進はしているように思います。
気持ちの面で。

アンジェリーナジョリー、彼女の行動や考え方、すごく好きです。
そして、私、すごく羨ましいです。
明らかに肌の色が自分と違う子を養子に迎えて、
でも実際、十分な財産がないとできないことですよね。
日本人が不妊治療を受けるのも、相手の理解に加えて、お金がないとできないですよね。

私のほうこそ、とりとめがなくなってしました^^

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あぁもう、前々からわかってはいるけれど、
自分はなんて凡人で無力なのだろうと脱力してみたり、
いやいや、そんな状況でも自信を持ち、
前進あるのみと思ってみたり。
世の中誰だってそうやって、
目の前に立ちはだかる面倒くさい現実と必死で向き合っているのだよね。
それは頭では分かっているつもり。
半歩ずつ、歩いていくさ。


退院した日の夜、

野田さんのドキュメンタリー

見ました。

そして自分の感想を書くのもどうなのかとも思ったのだけど、
書きます。

ちと長いですが二回に分けて、お付きあいくださると嬉しいです。


育つ卵子のない私がもし、実子を産むという決断をしたら、
卵子提供をしていただいて体外受精するという、
この方法しかないのだね。

それに、向井亜紀さんの方法では残念なことに、
社会に制度が追いついていないこの国の法律では、
実子とは認められないのだよ。

愛する人の遺伝子を持った子供を産みたい

という気持ちは私なりによくわかるつもりだ。
できることならば、愛する人と私の子供を産みたい、
というのが希望。
でもその夢が夢ですらなくなったのであれば、
唯一残る方法として、子宮で育てられるのであれば受精卵を育てて、
愛する人との子供を産みたいと思うのかもしれない。

顔は似ていなくとも、
自分が出産した子は気持ちの上でも法律上でも
やはり「ママ」になれるんだと思う。

特別養子縁組制度もあるではないか

という意見もあると思うのだけど、
不妊仲間で話していても、
養子を迎えようと思える人と思えない人が世の中にはいると思う。

物理的に血をつなぐ…そのことを重要視する人もいるし、
生みの親より育ての親だよと、血のつながりはあまり気にしない方もいるだろう。
養子は実子ではないから、そこの違いを重要視してしまえば、
人の価値観によりけりなのだと思う。

あの番組を見るまでの間は、
野田さんがそこまでして子供を産んだ気持ちが理解できなかったのです。

今だって理解はできていないだろうけど、すくなくとも
「あぁ。そうだよね。わかるわかる」
という気持ちにはなりました。

何故最初は理解できなかったのかというと、
いくら愛する人との子供とはいえ、
自分の卵子ではない、
自分の遺伝子がつながっていない子供を
産んで愛そうとする気持ちが分からなかったから。

でも、お腹が大きくなって、
赤ちゃんに語りかけ、おくるみを準備し、
出産した野田さんを見て思いました。

あぁ。妊娠、出産、育児という過程を経て、
どんどん「私の赤ちゃん」になるのかと。
健康な多くの方たちであれば、
普通に愛する人とセックスして、妊娠して、体内で成長して出産し、
当然のごとくパパ、ママと呼ばれる。
生まれたらパパに似ているかな、ママに似ているかな、なんて話をして、
成長過程を見守り、親になることができるのだろうけれども。

体内で妊娠できなくとも、お腹のなかで育てて大きくなり、腹を痛めて出産することだったり、愛する人の遺伝子が半分入っているということだったり、
そういうことで「親」を感じやすいなのかなぁと。

卵巣機能もなく、子宮で育てられない場合はどうなるんだと傷つく方がいらっしゃったら、
決してそれだけが「親」ではないと私は思うということを伝えたいのです。

顔が見えないので上手く表現できませんが、
やはりその場合は、養子縁組という方法により、
育てることにより「親」になっていくのかな。

産んでいても虐待する親。
養子でも暖かい関係の親。
「親」とはどういうものなんでしょう。
正直、子供のいない私にはわかりません。
ただ、野田さんをみて、お腹で育つ過程も
「親」になる上でのひとつのファクターなのかなと思いました。

☆続きます



【2012/01/22 23:33】 | [副作用&悩み]不妊、脱毛..
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退院して自分のベッドで寝る幸せー。

そして、入院していると
「あれが食べたいこれが食べたい。
 あれがしたいこれがしたい」
と強くなる欲望も、退院すると一旦はすーっと岸辺の波のようにひいていきそうになる。
不思議なものだよね、本当に。

しかし、完全にひいていっては困るので、
「あれしたい、これしたい」はきちんと現実にすべく、
デッサンを描いていくことも大切だなと思う。

私は、小学校の時、こども病院の無菌室で
「母が鍋で作ってくれる卵入りチキンラーメン、青ネギ多めのせ」
を食べたくて食べたくて仕方がなかったんです。
毎日、ベッドの上で、あの手作りラーメンが食べたいなぁ。と涙を浮かべながら寝てました。
相当食べたかったんでしょうね。。

そのあと、今から思えば味覚障害で、
かなりの間、ソースとかお肉が苦手になり、
多くのものを食べられなくなってしまうんですけれどね。

そして今でも入院すると、
大好きな焼肉食べたいーとか思うのだけれど、それだけじゃ足りなくて、
チキンラーメンが食べたくなるんですよね。
今はカップにお湯を注ぐタイプのチキンラーメンがあるけれど、
やっぱり脳裏に焼き付いているのは、
実家の青いどんぶりに入った、少し煮込んだ卵入りチキンラーメン、
上に小ネギが散らしてあるものなんですよね。
これも、不思議な事象。


某がんセンターに入院して、他に比べてすばらしいと思ったことがあるんです。

長期入院で既に病院を3つ、いや、小児をいれると4つ経験している私は、
ついなんだかんだと比較してしまうので、
がんセンターが全てにおいて最高だとは思わないけれど。

些細なことだけれど、驚いたマイナス点をあげると、

・わずかとはいえ、「一等地代」たるものが加算されている謎
(じゃあ一等地に建てなきゃいいではないかと思うのだけれども)

かな。


いい点はやっぱり、病棟外来含めて、「がん患者さん」しかいないことだ。
これはかなり精神的負担を軽減するよ。

「あなた髪がないけど、どうしたの?」

なんていう失礼極まりない、後ろから蹴りを入れてやりたいような奴はまずいない。

ある病院で、お知り合いになった女性から聞いた、
私が運よく出くわさなかった、
「ベッドが空いていないから、婦人科に入れられた。
 抗がん剤で苦しい中、赤ちゃんの泣き声が漏れ聞こえて辛くて仕方がなかった」
という大問題も発生しない。

今回はそんな中に、肺炎の私が紛れ込んでしまったわけだけれど、
ハプロ移植をした患者ということで
その辺の病院に入院するのはできないので、仕方がないよね…。

そして一番感動したのは、病棟の食事が美味しくて栄養士さんが充実していること。

味噌汁を「どうせまた、水みたいな味なのだろうな…」
と飲んでみたらしっかり出しのきいた家庭の味がする。
味が濃いのだ。

病院ではなかなかお目にかかることのないお肉も、1日1回は目にする。
豚肉や鶏肉メインだけれど、それすら他の病院ではないよね。
また味つけがしっかりしている。

私の舌がおかしいのかと、試しに母に一口味見してもらった。
(本当はいけないのだけれど、
 私がまずいまずいという病院の食事を、母は全ての病院で味見をしている^^)

すると、

「むちゃくちゃ味が濃い。塩辛いくらい」

と濃い味付けを好む母が言う。

やっぱりそうだよね。おかしいよね。


そう思って看護師さんに聞いてみた。

「味が濃くないですか?」

すると、感動する答えが返ってきた。

「国が定めた基準より、塩を多めに使っているんです」

がん患者さんは味覚障害をはじめ、食事をとれない状態であることが多いから、
味付けをしっかりして、食べてもらうようにしているそうだ。

「全てを完食する患者さんもまずいないですから」

とのこと。

確かに、3食すべてを完食する方はなかなかいらっしゃらないだろうと思う。
相手は「がん患者」さんだから、
とにもかくにも、口から物を入れてもらうことが優先なんだろうなと思う。

生野菜もきちんと処理をしたものが出てくる。
デザートにはメロンが頻繁に出てくる。

抗がん剤治療中や移植後って、味が分からなくなって、
インスタントラーメンでやっと味が分かるくらいだったのだけれど、
この食事なら食べられるものも多いと思う。

フルーツもメロンなら食べやすいと思う。

そしてご飯をちょっと多めに残すと、すぐに栄養士さんが来てくださる。

「ご飯が食べられなかったら、白いご飯がない食事もあるんです」

そうおっしゃって、
たこ焼き、パスタ、お好み焼き、コーンフレーク…
などの食事メニューを見せてくださった。

朝食をあまり食べない私が、朝ごはんにほとんど手を付けていないと
「白いご飯ではなくてパン食にしますか?」
と、なんと早速入院翌日に、
病室まで天使のような栄養士さん(男性だけれども)が来てくださった。

この辺りは、本当に、
がん患者さんにスポットをあてたサポート体制のすばらしいところだと思って感動しちゃいました。



☆誤解を招かないように書いておくと、
がんセンターがベストとかベターとか思わないし、言わないです。念のため。


【2012/01/21 22:56】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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明日の退院がきまりました。

入院当初は1週間で退院できる可能性は低いようだったのですが、
ちょうど1週間で退院。
運がよかったです。

ご心配して下さったみなさま、本当にありがとうございます。

エールというのは、
目に見えないけれど強力な支えであり、
生きるパワーになるよ。

信じてくれる友達、
応援してくださる方たちに出会えて、幸せだ。
だから、何か傷つくことがあったとしても、
自分をしっかりもって生きていく。
自分を好きになる。
これは目標。


退院して無理しないでね…でもしちゃうよねー。

こんな言葉もがん友からいただいたのだけど、
まるで阿吽の呼吸だな。
わかっているのだよね、お互い(*^^*)


今回の肺炎は、「お年寄りがなる肺炎」だろうということです。
燕下する筋力が衰えているお年寄りが、
唾液を上手く飲み込めなくて、
肺に入ってしまい、
唾液に通常存在している菌から肺炎になったのではないかとのこと。
普通若いひとはならないけど、
戸田さんは睡眠薬をかなりの量服用しているから、
睡眠時に深く眠りすぎて飲み込めなくて肺に入ってしまったのと、
疲れや免疫が重なったのではないか
と教えていただきました。
若い人でも強いお薬で眠るひとのなかには、
まれにそういう人がいらっしゃるみたい。

私は、再再発後に鬱になってしまったけれど、
でも、ホルモン補充で更年期うつの対処をしていただき、
働きだしてからは、
精神腫瘍科も精神科も卒業し、
睡眠薬は減っていました。

肺炎前には睡眠薬はほぼ飲んでいなかったので、
その旨を先生に伝えると、
うーん。そうですか。
でもやはり、人より免疫が低いからかなぁ…という感じでした。
といっても、今は薬も全く飲んでいないし、
免疫もそれなりにあるんですけどね。
結局、普通の肺炎だったということ?みたい。

お年寄りみたいに燕下する力が衰えているのなら、
少し怖いですね。
まだ早いよ(*^^*)

いつの日か、免疫も完全に元に戻ってほしいなあ。

とりあえず、生活を安定させて、
これまで以上に眠剤を減らしにかかりますー




【2012/01/19 22:39】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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退院決定おめでとうございます
ひろ
肺炎で入院されてたんですね。

ブログみて、びっくりしました(;_;)

退院決まったみたいで、本当によかったです。


☆ひろさま
ニナ
コメントいただいてすごく嬉しいです。
ありがとうございますo(^o^)o
少しずつ、身体を慣らせていくつもりです♪

退院おめでとうございます
マサマサ
以前、コメントしたマサマサです。ハプロ移植がおわり退院して今は外来です。免疫グロブリンなど点滴生活してます(笑)肺炎よくなってなによりです。退院まで早かったですよね、ほんと通常の免疫にもどってほしいですよね、退院本当におめでとう~

☆マサマサさん
ニナ
お久しぶりです!マサマサさん!!
外来になってよかったです。
ありがとうございます~
お互い、のんびりと免疫UP目指しましょー

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経過は良好です。
明日以降の検査結果をみて、
退院の日取りを決めましょうということになりました。
心配してくださったみなさま、
お見舞いにきてくださったみなさま、
本当にありがとうございます。


久々に入院して、
外の世界で生活することのありがたさを実感する。

あれだけ治療しておいて、
それでも明日があることが当たり前のようになりつつあると、
喉元過ぎればなんとやら、になってしまいがちです。

入院ていうのは、本当に嫌なものだよね。

昨年両祖父が亡くなった。
どちらの祖父も、
亡くなる直前で動けない状態ですら、
家に帰りたい帰りたいと訴えていたそうだ。

その様子を見て、周囲は、
「帰宅しても歩けないしご飯も食べられないのに、
どうしてそんなに帰りたいのか」
「病院のほうが安心なのに、
何故そこまで自宅がいいのか」
などと不思議がっていたのだけれど、
この「訳もなく子供のように自宅に帰りたい気持ち」というのは、
なかなか患者にしか分かりづらい気持ちなのかもしれない。

私なんて、たまに子供の頃からののべ入院日数を計算しては、その分若返らせてほしい!などという非現実的なことを真剣に考えてしまう(*^^*)

今回は肺炎なので、先が見えている入院だし、抗がん剤の辛さもない。
ハプロ移植だから、何が起きるかわからないから、
用心のため長めに注意深く経過観察しようと言われるくらい。
そして、無菌室しかベッドが空いていなかったために
面会制限が厳しいくらい。

それでも、入院はもう懲り懲りだよ。

移植って、特にハプロ移植とは、やはり大変な治療なんだね。
先生の「ハプロだから、ハプロだから」
という慎重な対応を見ていたら、
改めてそう思う。
でもまあ、怖いことは必要以上に気にしないに限る。

今回も母が駆け付けてくれた。
重症でハプロ移植経験者だから、
すぐに抗せい剤を点滴しても
容体が急変する可能性がないとは言えないということで、
家族に説明しなければいけなかったのと、
荷物を持ってきてもらう必要があった。

感謝と共に、いつまでこんなことをさせてしまうのかなと不安になる。
近くに住んでいるわけではないから、緊急入院になると本当に世話をかけてしまうのだよね。
再発したときには、
筋肉がなく貧血の私の代わりに
重い荷物を持ってくれていたのだけど、
その後ろ姿も一回り小さくなってしまったように思う。
そうまでして、
一人東京にいるのは私の我が儘でしかないのだろうか?
と思うこともある。
実家にいれば親も安心するのかなあとも。

けれども、
仕事も含めて、
まだ私は東京近辺でなければ叶いづらい夢があって、
それだけは、上手くいくかいかないかに関わらず、
答えが見えるまでチャレンジしてみたいんだ。

移植前のような体力はなくて、
前に進もうとしているのかすら分からないときもあるのだけど、
退院したら、またチャレンジしていきたいんだよね。

幸いにも、親はしたいことをすればいいよと言ってくれている。
東京のほうが求人も多いだろうし、
とにかく一人立ちしてくれたらいいよと。

あとはもう、
両親が私の身体の心配をすることなく、
老後を楽しめるように、
私がしっかりと自分の足で立っていかなければね。




【2012/01/18 23:58】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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しばらく更新が滞っていました。

年末に祖父が亡くなり、急遽関西に帰省しました。
お通夜、告別式が終わりすぐにまた東京に戻り、
その後また所用のため実家に戻ってました。

そして、帰京前からなんだか怠くて熱っぽかった。

38度の熱があるのに、喉は痛くないし咳もでない。
なんとなく息切れもする。

解熱剤でだましつつ東京に戻る。
戻った辺りから咳が出始める。
なんとなくだが、感覚的に風邪ではない、と分かっていた。

頭をよぎったのは「再発」の二文字だったのだけど、
いやいや、今になってそんなのは困る!
と不安になること数日間。

偶然にも外来デーだったので、病院へ。

熱があるなら血液検査の結果前にレントゲン撮りましょう
ということで、撮影。
そうしたらすぐに先生によばれる。


重症の肺炎です。

肺が真っ白です。

緊急入院してください。


入院は嬉しくないけれど、
聞いた瞬間、あぁ再発でなくてよかったー。

と思った。

CRPも27.5

酸素濃度も低くて、

よくここまで普通に生活して、病院まで歩いて来れましたね。

と言われました。

鈍いのか…私は?

あんまり鈍いのはよくないよね。

限界まで気付かずにいて、
知らない間に限界超えて重症になってたら大変だよ。


我慢しないで早めに言ってね。

とかよく言われるんですけれども、

私たちって
我慢するクセみたいなものが
染み付いているんじゃないのかなあ。

という話を、
お見舞いに来てくださったがん友の蘭さんと話してました。

体調悪くて学校や仕事休んだら、

あの病気だからね

と思われる。言われる。

小学校のときは、休んでも誰も批難しないけど、
「そういう目」が嫌で無理していた。

大人社会では、
「あぁだからがん患者は…」と思われる。
中には遠巻きの、いや時には直接的な批難もあり。
やっぱりがんやった人には仕事任せられない
と思われたくないから、
健康だった頃より大事をとれない。

それに、実際上、治療の辛さに比べたら、
大抵のことが大したことないのだ。


慣れて慣れきってしまい、
本人は無理しているつもりもなく、
体調面で頑張ってしまう癖がついているのかも。


でもそれは
「患者だから無理をしちゃいけないよ」
という一言に片付けられるものではなくて、

「酷くなって長引いて
迷惑かけるなら同じことだから用心してね」
といわれて、
はいそうですかとホイホイ休めるという簡単な仕組みでもなくて、

奥にはきっと、根深い問題があるのだよ。


人から見えないところで
常日頃から体調を気遣う必要はあるけれどね。


【2012/01/15 20:28】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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Rei
肺炎ですか?Σ(゚д゚lll)
大丈夫ですか?
今見て驚きました。

「ガン患者だから…」
「やっぱり…」など…
思われたくないですよね!
私もその気持ちわかります!




mika
しばらく更新がなかったので、
忙しく元気に過ごしているのかと思っていたので
驚きました。
大変でしたね(>_<)

体の不調とか、どの時点で病院に行くのか
迷うときありますよね。

限界を超えなくてよかったです。

お大事にして下さい。
一日も早く回復することを願っています。








☆Reiさん
ニナ
ありがとうございます♪
随分よくなりました。

思われたくないですよね(^-^)

☆mikaさん
ニナ
ありがとうございます!
本当に…手遅れにならなくてよかったです。
早く退院できるようおとなしくしています(*^^*)

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