はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

今日は合唱の練習。
8月に、サントリーホールで歌います。
7月に、同じ題目で、東京都合唱祭というのにも他の方々は出演されるのだけど、
なかなか時間がないからこっちは私は無理かな、と悩み中。

今、なぜだかとっても旅行に行きたい気分。
温泉にゆっくり入って、森の中のコテージでもいいな、
水のせせらぎや小鳥のさえずりに癒されながら、
のんびりしたい。
具体的に妄想が膨らんできてしまったので、
今夜、夢を見たいと思います。

あとね、6月下旬に交流会を開催しようと思っています。
たまには、夜の時間帯を考えているんだけど、どうでしょ?
ご意見お待ちしております。
近日中にUPしますね♪

----------------------------------------
あの頃の想いの続き。
私が複雑な思いで海外に飛び立ったときの話です。

ひと月後に死ぬことが分かっている私にとっては、すべての景色が最後の光景だった。
もう二度と訪れることはない土地。
乾燥を肌で感じる透き通った風も、しんとした夜の空気も、
目に飛び込んでくる景色も、最後なのだ。
どれだけすばらしい心躍る景色を見ても、写真を撮る必要がない。
撮った写真を見返す日はないことを分かっている。

写真というものは、あのときはこうだったね、
と後によき思い出として振り返るためにあるのだと思う。
けれど、私にはもう、思い出となることはないのだ。
来月、来年という未来がない自分にとっては、
すべては、今、この瞬間の出来事でしかない。

生きていられたら、いつか見てみたい光景があった。
もっともっと、たくさん、訪れたい土地があった。
もう一度会って話をしたい人がいたのです。

けれど、それはもう、現世では叶わないということを受け入れていた。

残された1か月の時間に海外まで行き、必死でいくつかの教会を回り歩いたのは、
いずれ自分が召されるであろう場所を確認しておきたかったからだ。
教会でのお葬式を予定していた私は、
自分が死んだ後に召されるであろう場所を、確認しておきたかった。
私は、安心してこの世をされるのか、知っておきたかった。

スペイン・フランス旅行は、まさに教会巡りだった。

最終日、数年前のまだ健康なころ、
未来があるのが当然だと思っていたころに訪れた、思い出のパリ・サクレクール教会を訪れた。

そこは、自分の老後があると当たり前のように信じていたころに、
友達を夢を語り静かに祈った場所だった。

サクレクールは、数年前と変わらず、そこに建っていた。

ここにたどり着くまでの2週間、無我夢中で過ごしてきた。
突然告知された余命を受け入れ、
全てを振り切ったようにふるまいつつも、
心の中は言い表せない悔しい気持ちでいっぱいだった。
それでも、残された時間で何をやりたいか、やらなければいけないかと、
気持ちを奮い立たせることに必死だった。

ここにたどり着けた時点で、私の人生は成し遂げられた。
あとは、死を迎えるだけだ。
目に見えない小糸が絡まっているような、複雑な安堵感。

今私が目にしているこの景色も、空気も、感じているこの音、風、足音、ざわめき、味覚…そんなものが、もうあと少しで何もかも自分から失われていくのだ。

教会の荘厳な雰囲気の中、パイプオルガンの音を瞼を閉じて聴いていると、きっと私は心穏やかに死んでいけるのだと分かった。
あと少しで楽になれると思うと、少し心が救われたのでした。



毎日のように悲惨なニュースを耳にする。
明日のことは、誰にも分からないのだと思い知る。
分かっていることだけれども、そのたびに、何度も。

人はきっと、今目の前に広がる光景がこれからもずっとあると…
若いころには、永遠にあるとすら信じ込んでしまうのだと思う。

もちろん、明日の命に怯えて生きる必要はないだろう。
けれども、明日がなくとも後悔がないように、一日一日を大切に生きられたらと思う。
どんな人にも最期の時はやってくる。

死の淵を経験した私でさえ、
今になれば日常が、明日があることが当たり前になっている。
この当たり前感というのは、本当に幸せなことなのだと思う。

明日が来ると疑いもなく、夜眠りにつけることに、感謝する。
長電話の後、自然とやってくる眠りに感謝する。

スポンサーサイト

【2012/05/26 22:38】 | [言の葉]言の葉
トラックバック(0) |

管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


チャオ!
ちなつ
こちらはおヒサかな(^^ゞ
正に一日一生だね。
Ninaっちは、私の生きる励みになってるのよ
頑張って、いつか( ̄ー ̄)ニヤリとしてやりたいって
思ってますんで、よろしくね!(^_-)-☆

管理人のみ閲覧できます
-


☆非コメ(E)さま
ニナ
つまらないなんてことないです。いつもコメントありがとうございます。
励みになります!
多趣味ではないですね^^;
どちらかというと、興味範囲は広いものの、深く身についていない、無趣味です(笑)。

☆ちなつちゃん
ニナ
おひさですね、こっちでは。
ありがとうございます。
ニヤリを楽しみにして応援してます♪


☆非コメ(H)さま
ニナ
8か月くらい前に、サントリーホールで歌えるというので、
始めました。

乗り越えられます。
祈っています。

はじめまして
ふんわり
以前にコメントして、アドレスを付けずにそうしんしてしまったようで、改めてはじめまして。

5月9日に骨髄移植をしたものです。
骨髄性白血病です。
この一ヶ月副作用に悩まされ、こんなに生きていくのが壮絶なものなのかと実感しました。
ニナさんの言葉は、私の心に響いてどれだけ救われたことか。
治療が苦しい時も、ニナさんに元気をもらいました。
ありがとうございます。
現在は血球も4000と上がり、生着しました。
まだまだ山はあると思いますが、何とか乗り越えたいと思います。



☆ふんわりさん
ニナ
はじめまして。

副作用、辛いですね。
移植後のGVHDはまた辛い。

私の言葉が…とか言ってくださって、ありがとう。
私もそういう言葉をいただいて、とても嬉しいです。

うんうん、一緒に乗り越えていきましょう(^-^)

コメントを閉じる▲
前回の記事を見た友人達から、
いい人が現れたんじゃないの。誰よ誰よ。などと言われたのだけど、
そこは大きな誤解。
今読み返してみると、確かに誤解するよね、あの書き方は。と思った(笑)

「あの頃の想い(3)」をUPしようと書いてたのだけど、
ちょっと脱線して恋愛の話をしよう。

恋愛ね。
恋愛は、簡単にはできないかな、やはり。

私のプライベートな気持ちを明かします。


私が首から「白血病でした」って下げて歩かない限り、
普通に出会った人はそんな事実は知らないわけです。
アンビリーバボーを見て、病気のことを知った友人もいる。
そこから、結構友達には知られている。
私はできるだけ言うようにしている。
でも、新しく出会った人は知らないし、
「白血病でした」カードでは、「子供は産めません」は分からない。

毎日電車で妊婦さんを見ては、あふれてくる涙が止まらず電車を降りてトイレに駆け込んで泣いていた。
幼子を連れてすれ違う女性が、羨ましくてたまらなかった。
時には、道行く誰しもが、妬ましくて、そんな自分が嫌で、気が狂いそうだった。
産めない人生を、どうやって歩んでいくのか分からなかった。

でも今は、まぁ大丈夫。
別の形の幸せがあるのだと、理解できた。
あの頃、子供がいなくても幸せにしている、キラキラ輝く女性が、落ち込む私に言った。

「子供がいなくても幸せになれるんだから」

その言葉を、頭で分かっていても、心はついていかなかった。
心がついていくまでに、理解するまでに、5年はかかった。
時間の問題。
だから、同じ悩みを抱える人たちは、辛いかもしれないけど、辛抱しよう。
完全には無理でも、少しずつ受け入れられる。
少しずつ、気持ちが落ち着いてくる。
乗り越えてみれば、
あのとき、もらった言葉は、真実だったとわかる日が必ず来る。
あなた一人ではないよ、同じことで悩んでいるのは。
このことを忘れないでいて。

話を戻します。
今は、昔みたいに泣くことはないけれど、恋愛事情は以前と変わった。

外から見えない「不妊」という事実を、どうやって相手に知ってもらえばいいのだろう。
好意をもってもらえているかなと思っても、相手は子供を産めないことを知らない。
そんなことを聞かれてもいないのにわざわざ言えない。
そもそも、まだ友達だし、みたいな。
いらぬ悩みが増えました。
そうして、心の中でブレーキがかかっている。

この歳になると、もう、真剣にお付き合いするというのは、
相手の家族抜きでは語れない問題になるのではと深く考えるから、
やはり子供が産めない私は、遠慮をしてしまうのです。
だから、なかなか自分に女性としての自信を持てない。
自分に全く自信がないわけではない。
今の私だからこそ持ちえる自信もないわけではない。
でも、一定部分に関しては自信がない。
40歳くらいまで、きっと、人間関係におけるこの「もやもや感」は続くんでしょうね。

これは、私がいけないのだと思う。
不妊女性にこうあってほしくはないし、自分に自信をもって恋をしてほしい。
恋愛は、お互いよければそれでいいのだとも思う。
というか、いまどき、そういう男性が多いのだろう。
ばんばん恋愛している患者さんだっている。これは事実。

うーん、でも私は、いざ自分のこととなると、違うんだよね。
相手を大切な人かもしれないと思えば思うほど、だめ。
自分から積極的になるなんてことは、なかなかできない。

でも、どんな形にせよ乗り越えたいですね、この壁は。
だって、私たちは、これだけのことを乗り越えてきたと胸を張って言えるのだから。
これまでのこと、全てひっくるめて今の自分があるのだから、
素敵な女性でしょう!
悩める女性にも、乗り越えてもらいたい。

そして私は今、悩んで落ち込んで右往左往しつつも、
なんだかんだと結構幸せです。
そう、産めなくても、幸せ。


*今日作ったまぐろアボカド丼の写真をUP♪


20120525_142806.jpg


【2012/05/25 23:33】 | [副作用&悩み]不妊、脱毛..
トラックバック(0) |

管理人のみ閲覧できます
-


☆非コメ(E)さま
ニナ
心の在り方で幸せが定まるといっても、なかなか簡単にはいかないですよね。
いろいろなことがあればなおのこと、そう思います。

コメントを閉じる▲
こんばんは。
あの頃の想いの続きをまだUPできていなくてすみません。

最近、出会う人出会う人に刺激を受けることが多い。
出会いに恵まれているなぁと感謝。

銀座の佐人というお茶のお店に、連れて行っていただいた。
店主のお父さんが、
「こんなことを言って気を悪くされないでね、ごめんね。」
という前置きの後、
「人生観が変わったでしょう。怖いものなしだね。」
とおっしゃった。
うん、それが、そうでもないかもしれない。

なんだかんだと、人が怖いのだよ、私は。
人間ほど、予測不可能で怖いものはない。

とはいえ、
店主のお茶目で大らかな人柄と、
(どうやら、素敵な殿方を紹介していただけるそうだ!)
素朴だけれど力強いお茶に乾杯。

類は友を呼ぶとはよく言ったもので、
一緒にいて心地がいい人が紹介してくださる方というのは、
やはりまた、心地がいい方。

時々不安にはなる。
けれども、不安を乗り越えてこそ、見えるものがあるのだろう。


人を信じるということは、とても勇気がいること。
でも、その勇気を持たなければ、始まらないことがある。



【2012/05/17 23:53】 | [日々のこと]
トラックバック(0) |

勇気
北海道のうさとも
人を信じるということは、とても勇気がいること。でもその、勇気を持たなければ、始まらないことがある。 本当にそのとうりだと思います。一歩前に進む勇気ってすごくエネルギーをつかいますよね。でもその先には自分を大きくさせてくれる未来が無限に広がっていると思います。進めば進むほどパワーや器を大きくしてくれ自然と笑顔で前に進むことが出来るでしょう。人生って何が起きるか分からないから、 楽しさもあり怖さもある、紙一重ですよね。どうせなら楽しく前進して行きたいので笑顔で歩んで行こうと努力している次第です。お互い頑張って行きましょうね。                                      ところで、 旭山動物園まだでしたか、いつでも言ってくださいね。

仁奈さんへ
人を信じること・・・
確かに勇気がいりますね。

まだまだ私なんか勇気ないから
なかなか本当に信じることができないけど
立場的には部下のこと信じないといけない。

最近ビジネス面では裏切られてばかりで
正直不信感でいっぱいだから。

でも、、やはり部下のことは信じてあげないと
上司として失格かな!?
もっと信じることができるよう頑張る!

確かに信じる勇気を持たない限り
前へは進めないいし始まらないですね。
うん、頑張ります!

管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


☆うさとも様
ニナ
うさともさん、コメントありがとうございます。
楽しさも怖さも、人生なんでしょうね。
病気で辛かったころよりも、最近のほうがそのことを実感します。
お互い頑張りましょう♪

☆権さま
ニナ
部下ですか…私はそういう立場にはあまりなったことがない、
むしろ逆のことが多かったです。

ビジネスで人を信じられなくなることも、辛いですよね。
人同士って、どちらかが信頼していないと、相手ってわかるものじゃないのかな…
と思ったりします。
なかなか難しいですけどね^^;

☆非コメ(E)さま
ニナ
信じることが恐怖…分かります。
でも人と絡まないと生きていけないから、やっぱり誰かを信じることをしなきゃならないんですよね。
お話、私には想像しかできませんが、辛いことだと思います。
よい出会いがありますように。


☆非コメ(M)さま
ニナ
うん、病気ではこれ以上ないくらいのものを見たよね。
人間不信に陥るような出来事もあったよね。
そういうものをみたことで、Mさんはとても成長していると思う。
これから、大概のことには負けない。
会いましょう♪

コメントを閉じる▲
Laika Came Back 車谷さんのギターと歌声に癒された。
車谷さんと、彼を通じて繋がった出会いに感謝。

細身で決して高いとはいえない身長に童顔の車谷さん。
だけど、優しくはかなげ、それでいて力強く身体を揺らして弾く姿は、相変わらずかっこいい。

再々発前までは、ライブにはあまり行かなかったなぁ。
ひとりで行くことはなかったし、たまに…1年に一回くらい友人と出かけていた。
それも、オールスタンディングの小さめライブハウスに初めていったのは、まさに再々発して入院中の外出時だった。
(今回の車谷さんは、座りだったのだけれども)

もうライブに行ける機会はないかもしれない。
そう思うといてもたってもいられず、生の車谷さんの音楽を聞いてみたい…そう思って恵比寿リキッドルームにひとりで乗り込んだ。
真ん中より少し後方で…健康なひとのふりをして、周囲の人たちと同じように振る舞ってはみたけれど、途中からは貧血とZIMAのアルコールにくらくらしつつ、端のほうにある階段でしゃがみこんで、青く揺れる車谷さんを眺めていた。
夢を見ていたような。

その数週間後、更に具合が悪くなり、わずかばかりの望みも打ち砕かれて、どんな優しい音楽も心に響かず、どんな前向きな言葉も薄っぺらく聞こえて、音楽なんて聞きたくもないという日々が続いた。

移植して1年ほどたって、ようやく、世の中に流れる音楽を聴けるようになった。
不思議なものですよね。

私があの頃の想いを、今また綴るのは、この言葉が役立つ人がひとりでもいらっしゃるから、
私にストレートにしてくれる質問は、本当にありがたいのです。
病気の方もそうでない方も、ただの興味でも、真剣でも、なんでもいい、
私なんかの経験で、何かしら生きる勇気みたいなものを伝えることができたらいいなと、
単純に考えています。


音楽を聴くことすら忘れていた頃。
そう、私の命はもうすぐ終わるのだと知ったとき、あと数週間で動くことすらできなくなり、身体が痛みに支配られるのだと告げられたとき、残りの時間をどうすごそうかと考えた。

動けなくなる前に、自分の足で歩けるうちに、行きたいところに行っておかなければ…そう強く思った。
そうして、海外に行こうと企てた。
将来に備えてコツコツ貯めてきた貯金で、行きたいところにいって遊んでやるんだと。
国内も、行ってみたい場所はたくさんあったんです。
もっともっと見たい景色があった。
でも、期限があるから、選ばなければいけない。
屋久島と旭山動物園にも行きたくて、海外から戻ってきてまだ動けたら行こうねって妹と約束してました。
その時は、叶いませんでしたが。

スペインとフランスに行こうとしたとき、現地で倒れて、生きたまま戻って来れないかもしれないと言われました。
それでも決行したのは、どのみち、先がないとわかっていたからだ。

人はいずれ皆亡くなる。
そして私はあとひと月しか生きられない。
どの道死ぬのであれば、どこで死ぬかではなくどう死ぬかを大切にしたい。
病院のベッドで過ごす時間はできるだけ少なくしたい。
最後の時間をどう過ごすかを大事にしたい。
やりたいようにやらなきゃ、死ねないんだと、そう思った。

身辺整理と、お葬式の準備と、残った時間をいかに充実させるか。
そのことしか頭になかった。

人は一人で生まれて来て、一人で死にゆくといえども、
やはり本当に一人では生まれて育つことはできないし、
この世を去る時も、人と関係なく死んでいくことはできない。

そういうことを、いずれ身に染みて分かることになるのだけれども、
あの頃の私には、そこまで周囲を考える余裕もなかった。両親の思いすらも。

自分なりに後悔のない人生だったとはいえ、やはり志は半ばなのだから、
その中で最期くらいは、思いきり充実させるんだという、
そういう思いで海外に飛び立ったのでした。



【2012/05/08 22:16】 | [言の葉]言の葉
トラックバック(0) |

勇気を貰っています。
北海道のうさとも
ニナさんの言葉からたくさんの方が勇気や希望をいっぱい貰っていると思いますよ。僕は勇気を貰っています。だからこそ、生きつづけてください。そして、これからもニナさんの感情や想いを、みんなに伝えてください、そこには助けられる方々がいっぱいいますので。                              話がかわりますが旭山動物園といえば北海道じゃありませんか、もう行きましたか?僕は北海道にいながらまだ行ったことがありませんが、来る予定があったら是非案内させてください、しっかりリサーチしときますので・・・と勝手に思った僕でした。

管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


☆うさとも様
ニナ
コメント、ありがとうございます。私もコメントから勇気をいただいてます。
旭山動物園、まだなんですよ…。先延ばしにするのはよくないと思いつつ、まだなんです。
はい、北海道に行く際には、是非お願いします!

コメントを閉じる▲
外来でした♪

採血も一発でとれて、約1時間半しか待たなかったし、全てが上手く回りました。
血液検査も、特に問題なしでした。
感謝。

こんな外来日が、続くといいね(^-^)


最近、私の事を知った方から
「余命を告げられた時、どんな気持ちでどう考えました?」
って聞かれることがありました。

変に距離をおかずに、面とむかってずばっと聞かれると、
竹を割ったようで、ある意味心地いいですね。


うーん。
どうだろうか。
諦めと、残りの人生楽しんでやるという気力が私を突き動かしていたように思う。

もちろん、はっきりと残りひと月だと宣告されるまでに、
そうなりうるであろうことは、ある程度想像ついていた。
(薬がきかないとか、再々発だとか、いい想像がしづらい客観的状況があったから)

それでも、面と向かって告げられた時は、
悔しさや怒りや、それらを通り越した黒い悲しみが私を支配して、
瞬間は、何をどうしていいのか分からなかったです。

「年を越すのも難しいし、
 来年の桜は絶対見れない。
 ここは治療をする人の病院だから、
 治療できない戸田さんは、治療できない人を受け入れる病院を見つけて早くベッドをあけてほしい。」

そう突然いわれても、
ベッドをどうすればあけられるのだろうか。
どうすればそんな病院を見つけられるのだろうか。
分からなかった。
私は、ただただ茫然とするしかなかった。

そしてね、
それらの言葉を言われた瞬間に、私は、この世界にはもういなくなったんだ。
病院にすらいられない私は、
姿形は存在しているけれど、現世にもう居場所はないのだとわかった。


あと少しの命といえども、人が生きるということはただ息をすることではない。
と私は思う。
人は居場所がないと、生きてはいけないのだ。
社会生活から離れた私にとって、病院は私が生きるための場所だった。

生きるための治療をする人たちがいる場所から、
助からない貴女は出ていってほしいとはっきりと言われた時点で、
私はもう、今の世界には居場所がないと思ったんだ。

そして、悔しさと悲しみと絶望の中、
一時でもここにはいたくないという感情が芽生えました。

どうせあとひと月の命。
ここで死ぬくらいならば、路上でのたれ死んだほうがましだと考えて、
私は翌日退院したいと告げた。

それを医師の立場から、数日間思いとどまらせてくれたのは、
昔の病院の主治医先生だった。

あのときの私の思いというのは、
ただ、「余命を告げられた者の思い」という一言で片づけられるものではないと思う。

逃れない運命も、現実も、それはどうしようもないのだと思う。
ただ、あと少しの命でも、身体は辛くとも、人は最後まで人だ。
そのわずかな時間を、
心満たされて精神的に笑ってすごせるか、愛する人たちと楽しく過ごせるか。
悲しみと絶望の中で、泣きながら過ごすか。
その重要なキーとなる部分は、どうしても周りの人たちに左右されるのだと思います。

私には、守ってくれる家族がいたから、家族という居場所があったから、
まだ救いがあったように思う。

そして、私はある意味達観していたというか。
そういった物言いをされた翌日くらいには、
あぁ人生って、人ってそういうものなのかもしれない。と思ってた。

泣いても笑っても、もう少しで人生が終わるのだから、
人を憎んだり羨んだりしても仕方がないと割り切れた。
これは、「あと何週間だから」というデッドラインがはっきりと見えていたから、
そういう仙人のような気持ちの割り切りができたのだと思う。

うん、でも、このような思いをしたのは、私だけではないんでしょうね。

そして、これから死にゆく人が、もしくは亡くなっていった方の大切な人のうちどれだけが、
愛する人の死後に、怒り、悲しむパワーがあるのだろうかと思うのです。

私の心の中には、今でも疑問が渦巻いているけれど、
不思議なことに、あの直後から、とりたてて大きな怒りや悲しみはない。

心ある人達にたくさん助けてもらったことのほうが、はっきりと記憶に残っている。

そうして私は、残された期間で、めいいっぱい楽しんで生き切ろうと、必死で方策を練るのでした。



【2012/05/04 22:26】 | [言の葉]言の葉
トラックバック(0) |

仁奈さんへ
外来の件、良かったですね!
毎回こんなだといいですねー

最近私も考えています。
そんな状況になったら普通でいられるのか
落ち着いていられるのか。。
きっと割り切れるって思ってても無理な気がします。
多分だけど、私って弱い人間だと思うから
立ち直れなくて落ち込んでるかなって。

仁奈さんの言葉を聞いてると本当に尊敬します。
きっと
そばに誰かがいたら・・
守ってくれる家族がいたら・・
頑張りたいです!

毎回仁奈さんのブログ読んでると
少しずつ強くなっていけると思います。
前にも書きましたが、本当小さな人間でした。
でも仁奈さんに知り合えてから
少々の事なんて何とでもなるし
本当些細な内容に悩んでいたんだな~って。

これからも、もっともっと強くなります!
仁奈さんも一緒に強くなって頑張ろうね☆
いつもいつも勇気をくれてありがとう!!


ゆか
こんばんは
初めてコメントを書かせていただきます

最近、いろいろと自分のことについてとても悩んでいました
学校、人間関係、将来・・・

時間が合れば悩んで落ち込んで泣いて。でも、自分で答えが出せなくてわからなくて

そんな時
にこのブログに出会いました
ブログを読んでいて、とても心に残る言葉がいくつもありました
少し勇気をもらいました
ありがとうございます
また読ませていただきます

余命
なお
私は最初の病院で後3週間持つかどうかといわれました
今はトントンびょうしに兵庫医大でハプロ移植し退院、あと数日で移植後半年になります

管理人のみ閲覧できます
-


☆権さま
ニナ
ありがとうございます。
外来、本当によかったです。採血でつまずくと疲れてしまうので。。。

意外と人間って、しぶといんだなぁと思ったりもします。

こちらこそ、いつも勇気をもらってます、ありがとう!


☆非コメ(Y)さま
ニナ
はじめまして。コメントありがとうございます。

こちらこそ、ありがとうございます。
辛いこと、いくら泣いてもどうしようもないときってありますよね。
そんなときは、また来てくださいね。
応援してます!お互い、頑張って乗り切りましょう!

☆なおさま
ニナ
コメントありがとうございます♪
同じ病院なんですね、結構多いですね、兵庫の方。
半年経過、おめでとうございます。
お互い頑張りましょうね。

☆非コメ(E)さま
ニナ
コメントありがとうございます!
その方は、そうですね、真剣にどんな気持ちなんだろう、知ることで生き方のヒントになるということでした。
こちらも心地よかったです。

命の期限があることが、生きていくうえで最も重大な問題というわけでもないように思います。
生き地獄という言葉があるように・・・生き続けることもとんでもなく辛い、と思います。
友人の存在は心強いですね。
私も、友達に支えられています。

コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。