はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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舞台直前、外来に行ってきたのですが、

先生に、「ゾビラックス止めてみるという方法もあるかも」
と言われました。
一生飲まないと…というふうに言われていた薬なのに。

やはり、人より免疫は弱いのですが、
飲まなくても何かに感染したりしないのなら、大丈夫だろうということなのかな。
それとも、「しつこい女」に仕方ないと思ったのか。

先生も忙しいので、あまり理由をつっこむことができず。
でも、今の先生は、患者と対等な感じです。
医師という立場を踏まえて、その上で、患者の意思を尊重してくれる。
そういう方だというイメージを受けています。

そろそろホルモン剤も切れてきたので、もらいにいかないといけなくなってきました。


舞台終わって、何か変わった?気持ちは明るくなった?
というようなことを聞かれたときがあって。

うーん、糸の切れた凧にならないように気をつけねばと思っています。

どうしようもなく暗くて絶望的だったときに、
「私はただただ人並みの幸せを求めて生きてきただけだ。
 家からシチューのいい香りがして、
 帰ってくる人がいて、子供がいて、ペットがいて、笑顔がある。
 そんな普通の当たり前の幸せが、ほしかっただけなのに」
と思いました。

「当たり前の幸せ」ってなんだろう?

と、今更考えてみたりもします。



「山のあなた」

カール・ブッセ作
上田敏訳

山のあなたの空遠く、
「幸」住むと人のいふ。
ああ、われひとと尋めゆきて、
涙さしぐみ、かへりきぬ。
山のあなたになほ遠く、
「幸」住むと人のいふ。


原文が読めれば、もっとそこからいろいろ想像できるのだけれど、
それは無理なので、
でも、十分多くのことを考えさせられる詩です。

詩というものは、
書き手の伝えたい気持ちと、
あとは読む人によってとらえ方が全然違うものの典型だと思う。

私にとっては、
真ん中の2行が、せつなく重く、
せきばくな光景を思い浮かべる。

けれど、幸せというのは、あるのだと思う。
自分の所になくても、どこかに。

辛い現状でも、そこに満足して今の幸せを見出して、
実感することの大切さもある。
そういう人には、幸せが、今そこにあるんだろう。

現状が実際、とんでもなく幸せで、
目の前にある幸せがガラスの様に砕け散る日が怖いとすら感じた、
思い込みも何もなく、心から幸せだと思ったこともあった。
そういう方もいるだろう。

一方で、青い鳥を探して歩いている人もいて、
たとえ結果、見つからなくても、
それはそれで価値観的に悪いことでもなんでもないのではないか。

幸せを探そうという気力すらない、日々があった。
そこには、何かあっただろうかと今でも考える。
いまだ、答えはよくわからない。

山の向こうの幸せを探して、行けなくて泣いて、
それでも、その探す中で何かがあるよね。
何かそこにあってほしいと願う。



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【2011/09/16 17:51】 | [日々のこと]
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