はじめまして、戸田梨恵(うみねこ)です。 2006年7月から、白血病(ALL:急性リンパ性白血病)の治療をはじめました。 弟と妹から3座違うハプロ移植を2回して、今は寛解を維持しています。日々の出来事を綴っていきたいです。コメント、大歓迎です。
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経過は良好です。
明日以降の検査結果をみて、
退院の日取りを決めましょうということになりました。
心配してくださったみなさま、
お見舞いにきてくださったみなさま、
本当にありがとうございます。


久々に入院して、
外の世界で生活することのありがたさを実感する。

あれだけ治療しておいて、
それでも明日があることが当たり前のようになりつつあると、
喉元過ぎればなんとやら、になってしまいがちです。

入院ていうのは、本当に嫌なものだよね。

昨年両祖父が亡くなった。
どちらの祖父も、
亡くなる直前で動けない状態ですら、
家に帰りたい帰りたいと訴えていたそうだ。

その様子を見て、周囲は、
「帰宅しても歩けないしご飯も食べられないのに、
どうしてそんなに帰りたいのか」
「病院のほうが安心なのに、
何故そこまで自宅がいいのか」
などと不思議がっていたのだけれど、
この「訳もなく子供のように自宅に帰りたい気持ち」というのは、
なかなか患者にしか分かりづらい気持ちなのかもしれない。

私なんて、たまに子供の頃からののべ入院日数を計算しては、その分若返らせてほしい!などという非現実的なことを真剣に考えてしまう(*^^*)

今回は肺炎なので、先が見えている入院だし、抗がん剤の辛さもない。
ハプロ移植だから、何が起きるかわからないから、
用心のため長めに注意深く経過観察しようと言われるくらい。
そして、無菌室しかベッドが空いていなかったために
面会制限が厳しいくらい。

それでも、入院はもう懲り懲りだよ。

移植って、特にハプロ移植とは、やはり大変な治療なんだね。
先生の「ハプロだから、ハプロだから」
という慎重な対応を見ていたら、
改めてそう思う。
でもまあ、怖いことは必要以上に気にしないに限る。

今回も母が駆け付けてくれた。
重症でハプロ移植経験者だから、
すぐに抗せい剤を点滴しても
容体が急変する可能性がないとは言えないということで、
家族に説明しなければいけなかったのと、
荷物を持ってきてもらう必要があった。

感謝と共に、いつまでこんなことをさせてしまうのかなと不安になる。
近くに住んでいるわけではないから、緊急入院になると本当に世話をかけてしまうのだよね。
再発したときには、
筋肉がなく貧血の私の代わりに
重い荷物を持ってくれていたのだけど、
その後ろ姿も一回り小さくなってしまったように思う。
そうまでして、
一人東京にいるのは私の我が儘でしかないのだろうか?
と思うこともある。
実家にいれば親も安心するのかなあとも。

けれども、
仕事も含めて、
まだ私は東京近辺でなければ叶いづらい夢があって、
それだけは、上手くいくかいかないかに関わらず、
答えが見えるまでチャレンジしてみたいんだ。

移植前のような体力はなくて、
前に進もうとしているのかすら分からないときもあるのだけど、
退院したら、またチャレンジしていきたいんだよね。

幸いにも、親はしたいことをすればいいよと言ってくれている。
東京のほうが求人も多いだろうし、
とにかく一人立ちしてくれたらいいよと。

あとはもう、
両親が私の身体の心配をすることなく、
老後を楽しめるように、
私がしっかりと自分の足で立っていかなければね。



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【2012/01/18 23:58】 | [再々発]移植後外来(2009.4-)
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